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例年より早く色づきはじめた紫陽花は、もう少しでシーズン本番を迎えそうだ。
気付けば、日本列島は雨の季節に。

本格的に梅雨入りする直前のある晴れた日の放課後、真奈は雲雀に応接室に呼び出された。

「今日は遅くなるから、家に電話しておいて。帰りは僕がちゃんと送ってあげる」

携帯電話をぽいと渡され、戸惑いながらも家に電話をかけると、母親からはあっさりOKが出た。
雲雀くんと一緒なら安心ね、ということらしい。

「どこに行くんですか?」

「行けばわかるよ。その前に僕の家に寄ろう」

「はい」

雲雀について応接室を出る。
ドアの前に控えていた草壁に挨拶をしてから先を歩く雲雀を追っていくと、停めてあったバイクが見えてきた。

「後ろに乗って」

「え、でも」

「何か問題でもあるの」

「いえ…わかりました」

バイクに跨がった雲雀に倣って、後ろに座る。
そっと彼の腰に腕を回すと、手を掴まれてしっかりと密着させられてしまった。

「しっかり掴まってないと落ちるよ」

「は、はい!」

真奈は努めて雲雀の体温や身体の感触を意識しないようにした。
しかし、気にしないように努力する、ということは、逆に言えば、気になって仕方がないということだ。

(恭弥さん…あったかい)

ドキドキしながら雲雀に掴まっていると、殆ど時間がかからずに彼の自宅に到着した。

「時間がないから急いで」

「は、はいっ」

雲雀について建物の中に入る。
中にはお手伝いさんらしき年輩の女性が待ち構えていた。

「この子を頼むよ」

「お任せ下さい」

えっえっ、と思う間に雲雀が部屋から出て行き、その女性の手であっという間に身ぐるみ剥がされてしまった。
呆然とする暇もなく、下着の上に浴衣を着付けられていく。

「ちょっとお胸の辺りにボリュームを足しましょうね」

優しく言われて、胸元に重ねたタオルを入れられた。
やっぱりちっぱいだからなのかとショックを受けていると、

「もういいかい?」

「はい、終わりました」

雲雀の声にお手伝いさんが答えて、襖が開けられる。
見れば、雲雀自身も浴衣を着ていた。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

どこへ?とはもう聞けないまま、また雲雀について行くと、今度は車で何処かへ連れて行かれた。

(山……?)

車は並盛山へ続く道に入り、更に上へと上がっていく。
中腹の辺りまで来て、車はやっと止まった。
ここは真奈も知っていた。
並盛自然公園だ。

車から降りると、辺りは既に薄暗くなっていた。

「ちょうどいい時間だ。おいで、こっちだよ」

雲雀に手を引かれて連れて行かれたのは、山の上の上流から流れ込んでいる川の畔だった。

「ほら、見えるかい?」

「あっ」

ちらちらと瞬く、小さな灯り。
それは一つではなく、川辺一体にふわふわと漂っていた。

「蛍…!」

「そう。日没からの二時間位が一番良く見られると聞いてね」

「凄く綺麗です。連れて来て下さってありがとうございます」

「うん」

蛍を見る雲雀は、いつになく穏やかな表情で、真奈は何だか嬉しくなって彼の袖をつんつんと引いた。

「恭弥さん、蛍好きなんですか?」

「嫌いじゃないよ」

彼のソレはかなりお気に入りだということだ。

「やっぱり浴衣を着せてきて良かったな」

「えっ」

「可愛い」

「あ、ありがとうございます」

「そんな風に照れられたら僕も恥ずかしいんだけど」

「うそ…」

「嘘じゃない。ほら」

雲雀は真奈の手を取って、自分の浴衣の胸元に手の平を当てさせた。
そこから伝わってくるのは、自分と同じくらいドキドキしている胸の鼓動。

「わかる?」

「はい。私とお揃いですね」

「君があまり可愛いことを言うから」

「浴衣を着た恭弥さんがいつもよりかっこいいから」

お互いに相手のせいにして、それから二人で小さく笑った。

辺りを舞い飛ぶ蛍達を驚かさないように、そっと手を繋いで。


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