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※嵐を呼ぶ幼稚園児の続き


これまでの人生で、いい感じになりかけた男の子はお付き合いに発展する前にみんな恭弥くんに咬み殺されてしまったせいで、私はこの歳で未だに男性経験がない。

「言ったはずだよ。浮気したら咬み殺すって。あなたの初めては僕が貰う」

高校生になった恭弥くんはそれはもうびっくりするほどの男前に成長していた。
それこそ、学校の女の子達がハート目で見とれてしまうくらいに。
ただ、悲しいかな、群れ嫌いと凶暴な性格は全く変わっていなかったので、自分から彼に近寄ろうとする女の子はいなかった。
皆遠巻きに眺めるだけで満足してしまっているようだ。

彼に普通に接することが出来る子と言えば、ハルちゃんと京子ちゃんくらいしかいないのではないだろうか。
二人ともとても良い子なので、是非恭弥くんと進展してほしいのだが、京子ちゃんはともかくハルちゃんは綱吉くんにぞっこんだから望みは薄い。

彼らとは、私が恭弥くんと関わっていたために、ボンゴレだのマフィアだののいざこざに巻き込まれてしまったのがきっかけで知り合った。

綱吉くんの周りはいつも何かと騒がしい。
それも彼自身が望んでそうなっているわけではないため、実に気の毒だと思っている。

一見するとそんな風には見えないが、何かあった時には綱吉くんはまるで別人になったように頼りになる。
恭弥くんも彼の実力は認めているようで、群れ嫌いな彼が緊急時のみとは言え唯一行動を共にすることを良しとする相手が綱吉くんだった。

「ねえ、聞いてるの」

「聞いてるよ」

ごめんなさい。
全く聞いていませんでした。

「僕に嘘をつくつもり?」

ムッとした顔をすると、恭弥くんは途端に幼く見える。
いつも独りで肩で風を切って歩いているような印象のある恭弥くんだが、こうなるとまるで駄々っ子だ。

「嘘をついているかどうかなんてすぐわかる。あなたはわかりやすいからね」

「ごめんね。えっと、何の話だったかな?」

ここはひとまず下手に出るべきだろう。
私は宥めるように微笑んで恭弥くんに尋ねた。

「いい加減、これにサインしてよ」

焦れた様子で恭弥くんが差し出すのは、妻の欄以外全てが記入済みの婚姻届だ。
一瞬、私は笑顔のまま固まった。
しかし、すぐに立ち直って恭弥くんを諭しにかかる。

「恭弥くん、恭弥くんはまだ18歳になっていないから結婚は出来ないんだよ」

「知ってる。でも、約束は約束だろ」

「う、うーん…」

恭弥くんがまだ幼稚園児だった時、うっかり約束してしまったのがいけなかった。
だって、どうせ大きくなったら他の女の子に目が行くはずだと思っていたのだ。
それがまさか、成長してもその約束を盾に求婚してくるなんて思いもよらなかった。

「わからないな。僕の何が気に入らないの」

「恭弥くんのことは好きだよ。でも、いまお付き合いすると、下手したら私未成年淫行罪で捕まっちゃう」

「僕が子供だって言いたいのかい?」

「だって恭弥くん、まだ高校生だし…」

「卒業したらいいんだね。わかった」

思っていたよりもあっさりと引き下がってくれたことに安堵したのも束の間、続く言葉で私は恐怖のどん底に叩き落とされた。

「卒業したら、もう何があっても絶対に逃がさないから、覚悟しておくんだね」

挑発的な笑みを浮かべる恭弥くんに寒気を感じて密かに身震いする。

恭弥くんは有言実行の男の子だ。
こうと決めたら絶対に実行する。
それは長い付き合いの間にイヤと言うほど思い知っていた。

「恭弥くん、ご飯まだでしょ。ハンバーグ食べる?」

「うん」

途端に子供らしくなった恭弥くんにほっとするが、

「こんなことで誤魔化されてあげないよ」

と釘を刺されてしまった。
懐柔失敗。さすがに手強い。

二年後、凶悪なまでの男前に成長した恭弥くんに実力行使に出られることになるのだが、この時はまだそんなことになるとは知るよしもなかった。

恭弥くんの恭弥くんがどんなに凶暴な凶器であるかと言うことも、まだ当然知らなかった。


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