思えば、真奈はいつも彼の背中を見つめていた。 トンファーを打ち振るって戦っているとき。 強者と対峙して不敵に笑んでいるとき。 いつもその背でマントの如くはためいていた学ランは、なんだか特別なものに感じられたものだ。 それはきっと雲雀が真奈にとって特別な存在だったからだろう。 そんな思い出に浸っていると、バサッと布が翻る音がして、視界を黒が舞った。 雲雀が外した学ランを真奈の胸のあたりに差し出したのだ。 「あげる」 「えっ」 「他の女子に残りのボタンをむしり取りに来られると面倒だ。それごと全部あげるよ」 「いいんですか?」 彼にとっては重い意味を持つ“風紀”の腕章が付いたままの学ランを胸に抱き、信じられない思いで雲雀の顔を見上げる。 “見上げる”。 そうだ、出逢った頃よりも彼は背が伸びていた。 成長していた。 そんな彼と比べて、自分がとても小さく、まるで成長していない気がして悲しくなる。 早く追いつかなければと焦るばかりで、どんどん距離が開いていくような錯覚すら覚えてしまう。 「待っててあげるから、ちゃんとついておいで」 殆ど泣きそうな顔になっていたのかもしれない。 綱吉達が目にしたらギョッとするのではないかと思うほど雲雀は優しく微笑んで真奈の頭を撫でた。 その手つきも優しい。 「君がトロいのは知ってるよ」 さりげなく失礼なことも言われた。 「でも、それは悪いことじゃない。少なくとも僕は嫌だと思ったことはない。君がいつも一生懸命頑張ってるのも知ってるよ」 「……っ、恭弥さんっ…」 「だから、待っててあげる」 視界が曇って波打ったかと思うと、ぽろぽろと涙がこぼれ、そうして少しクリアになった瞳の中に見慣れた不敵な笑みが映った。 「鈍い君でも、これをあげる意味くらいわかるだろ」 「は、い」 「僕から逃げたら咬み殺すよ」 「恭弥さん…怖いです…」 そう、と愉しそうに笑った雲雀が顔を寄せてきたので、彼に食べられるために真奈は涙で濡れた瞳を閉じた。 これはお別れだけどお別れじゃない。 会いたいときにはいつでも会える。 ほんの少しの間、別々の道を歩くだけだ。 来年の春、桜の森の満開の下。 新しい制服に身を包み、少しだけ成長した、でもいつもと変わらない不敵な笑みを浮かべて桜の下に佇むあの人のもとへと駆けていくその日まで。 |