※生存教師if


今日は何ヵ月も前から取り組んでいたプロジェクトが無事成功したため、その打ち上げでビアガーデンにやって来ていた。今はまだ男女に分かれて座っているが、そのうち入り乱れてわいわい飲むことになるのだろう。そうなる前にと、ぐいとビールジョッキを呷った。キンキンに冷えたビールが喉を降りていく感覚に、くーっと唸りたくなる。やっぱり夏はビールだよね。

「おっ、苗字ちゃん、いける口?」

「はい、まあ」

「いいねいいね、じゃんじゃん飲んじゃってよ」

「そんなこと言って、お前、苗字さんのこと酔い潰そうとしてるだろ」

「あっ、バレた?」

悪びれた様子もなく笑っている目の前の男性から視線を逸らしつつ無難な笑顔で取り繕う。何故ならば、私には彼の肩に巻き付くように乗っている虫のようなものが見えているから。これはそれほど強くはないけど良くないものだ。その証拠に、先ほどから男性は腕を回したり首を捻ったりしてしきりに肩を気にしている。恐らくは、原因不明の肩凝りか何かだと思い込んで。

「すみません、ちょっと失礼します」

虫と目が合いかけた私は慌てて立ち上がると、逃げるようにフードコーナーに向かった。ほっとため息をついたところで誰かに肩をぽんと叩かれてドキッとする。

「君、あれが見えているんだろう」

思わず息を呑むと、私に声をかけてきた男性はびっくりするほど魅力的な微笑みを浮かべてみせた。いわゆる塩顔に分類される整った顔立ちの人で、男性にしては長い黒髪を後ろでハーフアップにしている。そしてとにかくデカい。長身で体格も良いため威圧感が半端ない。

「ど、どうして」

「ずっと君を見ていたからわかるよ。私にもあれが見えているからね」

そう言って笑うと、彼はすいと視線を皆がいるほうへ向けた。

「見ててごらん」

彼の視線の先にはあの男の人がいた。その肩にべったり貼り付いていた虫のようなものを傍らに現れた別の『何か』がばくりと喰らったのを見て危うく悲鳴をあげかけた私に彼は愉快そうに笑ってみせた。

「怖がらなくていい。今のは言うなれば人助けさ。これであの猿は原因不明の肩凝りから解放されたのだから」

「さ、猿……?」

「君や私とは違う哀れな生き物のことだよ」

肩を抱かれて「さ、行こうか」と言われて戸惑う。行く?どこに?

「下に部屋を取ってあるんだ」

甘くセクシーな声に耳元で低く囁きかけられて私はますます混乱した。へ、部屋ってなんの?どうしよう。わかりたくない。

「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったね。私は傑、夏油傑だ」

「あの、夏油さ、」

「傑で構わないよ。なんだい?」

「私、皆のところに戻らないと……」

「ああ、そうだね。挨拶してから行こう」

夏油さんはそう言うと私の肩を抱いたまま皆が待っているテーブルに向かった。男の人の何人かがこちらに気付いて視線を送って来たが、夏油さんの圧におされてか、何も言わずに視線を逸らした。いや、怖いのはわかるけど助けてよ。

「あ、なまえ!その人は?」

ようやく友達が気付いて振り返ってくれた。興味津々といった様子の女性陣に夏油さんがにっこりと微笑みかける。

「向こうで意気投合してね。申し訳ないけど彼女は私が持ち帰らせて頂くよ」

夏油さんの爆弾発言に男性達はざわつき、女性達はきゃーと黄色い声をあげた。私はというと、夏油さんの隣で必死に誰か助けてと目顔で訴えかけているのだが、誰も気付いてくれない。
ごくスマートに私を伴ってその場を離れた夏油さんは、怯えて半泣きになっている私に優しく微笑んでみせた。

「大丈夫、優しくするから怖がらないで」


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