平日の昼間からビールを飲むという贅沢をしている。
このビアガーデンは昼間から営業している珍しい場所で、私のような平日休みの人間には持ってこいの憩いの場だ。意外と人がいるもので、家族連れの姿も見える。
頼んだのは拘りのクラフトビール。これがまたよく冷えていて、くぅーっとなる美味しさだった。

「ご一緒してもよろしいですか?」

おおっ、ナンパだ!
見上げた先にいたのは長身の男性だった。
黒いスーツにネクタイをしているけど勤め人には見えない。独特の雰囲気のある人だった。

「どうぞどうぞ」

「ありがとうございます」

イイ声だなあ。ちょっとぞくっとするようなセクシーなテノールだ。

「怪我をされたのですか」

「えっ」

「左脚に絆創膏を貼っているでしょう」

言われてそういえばそうだったと思い出した。

「今朝、戸棚を開けた時に引っかけちゃって」

小さい擦り傷なのだが汗がしみてヒリヒリしたので絆創膏を貼っておいたのだ。自分でもすっかり忘れていた。どうしてわかったのだろう?

「消毒はしましたか?小さな傷だからと油断してはいけませんよ」

「ふふ、お医者さんみたい」

「こう見えて医者ですので」

相手の挙動からわかるということなのかな。凄い特技だ。

「私は赤屍蔵人と申します」

「苗字なまえです」

程よくお酒が入っているせいか、いい気分だった。いつもは初めて逢った人と話す時は緊張してしまうのに、赤屍さん相手だと不思議と何でも話せてしまう。
気がついた時には仕事のことから私生活に関することまでありとあらゆることを話してしまっていた。

「それは大変でしたね」だとか

「あなたは悪くありませんよ」

などと相槌を打ってくれるものだから、余計に口が軽くなってしまったのかもしれない。

「少し酔ってしまわれたようですね」

赤屍さんの手が火照った頬に触れた。ひやりとした感触が心地よい。

「下にタクシーを呼んでありますので今日はもう帰りましょう」

「ありがとぉございましゅ」

もう上手く舌が回らない。そんなに飲んだっけ?

「さあ、なまえさん」

「ん……はぁい」

赤屍さんに支えられながらエレベーターに乗り下に降りる。
建物の目の前に横付けされたタクシーに乗り込むと、自然と隣に座る赤屍さんにもたれかかるようにされた。でも、嫌な感じはしない。看護されているみたいと言えばわかるだろうか。
だから安心して身を預けて目を閉じた。

「おやすみなさい、なまえさん」

動き出したタクシーが自宅とは違う方向へ向かっていることにも気付かずに。


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