熱帯夜と呼ぶのに相応しい蒸し暑い夜のことだった。 友達と二人でビアガーデンに来ていたのだが、二人とも飲むのはもっぱら日本酒で、日本人ならやっぱり日本酒だよね、なんて言って盛り上がっていたのだ。 「同感です。日本人ならやはり日本酒ですよね」 えっと顔を上げると、金髪に褐色の肌というびっくりするほどエキゾチックな色合いの美青年が傍らに立って私を見下ろしていた。その後ろには彼よりもやや年上の生真面目な顔つきをした男性が彼に付き従うように立っている。 「僕も日本酒好きなんです。ご一緒してもよろしいですか?」 「どうぞどうぞ!」 私が何か言うよりも早く友人が先に答えてしまった。 「では、失礼します」 青年が当然のように私の隣に腰を降ろす。 眉目秀麗とは彼のような人のことを指すのだろう。ちょっとだけ見とれてしまった。 その間に彼は店員を呼んで注文を済ませていた。 「清酒がお好きなんですか」 「あ、ええ、まあ」 「僕もです。気が合いますね」 にこ、と彼が微笑む。まるで花が咲いたような笑顔だった。知的でミステリアスなイメージのある人だが、そうすると人懐っこく見えるから不思議だ。 でも、何だろう。これが彼の本性かというと違うような気がしてならない。 沢山あるスキルのうちのひとつとして「人当たりの良さ」を活用している感じがするというか。 「勘の良い人だ。ますます気に入りました」 ──今の、口に出してたっけ? 急に寒気を感じて身を震わせた私とは逆に、彼は機嫌が良さそうににこにこしている。助けを求めようにも、友人はいつの間にか彼の連れの人と意気投合したようで楽しそうに話している。 「僕は降谷零です。あなたのお名前を教えて貰えませんか?」 「苗字なまえです」 「なまえさん。素敵な名だ。あなたにぴったりですね」 「ありがとうございます」 降谷さんの話によると、二人とも警察官でもう一人の人は風見さんと言って降谷さんの部下なのだそうだ。気がつくと降谷さんの話術に乗せられて私も自分の仕事や私生活のことを話してしまっていた。 「実は大きな仕事が片付いたばかりで、まだその後処理に追われているんです。今日は息抜きということで来てみたのですが、こうしてなまえさんと出逢えたのも何かの御縁かもしれませんね」 意外にも話好きな降谷さんの話を聞きながらお酒を飲んでいたら、だんだんふわふわと良い気分になってきた。 酔ってるのかな?うん、酔ってるのかもしれない。何故なら、最初あれほど警戒していた降谷さんに対する警戒心が綺麗さっぱり消え失せてしまっているから。 「降谷さん」 「零と呼んで下さい」 揺らぐ私の肩を抱いて支えてくれている降谷さんが言った。 「零さん」 自分で思っているよりも甘ったるい声が出てしまって戸惑う。でも、零さんは気にしていないようだ。それどころか、まるで恋人を甘やかすような優しい笑みを浮かべている。 「すみません、酔っちゃったみたいです」 「そうですね。家まで送りましょう」 片腕で私を抱き支えながら零さんがどこかに電話をしている。それを私はどこか遠い世界の出来事のように感じながら見つめていた。 「下にタクシーを呼びました。歩けますか?」 「はい」 少しふらつくが零さんに支えられて何とかエレベーターまで辿り着いた。 エレベーターのドアが閉まった途端、零さんにキスをされた。 「ん……んん……」 巧みなそれに翻弄されてますます思考が鈍っていく。頭の中に白いもやがかかったような状態で、私は零さんのキスを受け入れていた。舌を吸われながら腰を撫でられて子宮がきゅんきゅんと疼く。零さんが欲しくて堪らなかった。 「そんな目で見ないで下さい。僕も我慢が出来なくなる」 そういう零さんこそ、綺麗な青い目に欲を滲ませていて、目を合わせるだけで孕まされてしまいそうだった。 最後にもう一度私の唇を吸って零さんは顔を離した。エレベーターのドアが開く。 「続きは部屋でいいですよね」 零さんが笑う。頷いた私に満足そうに微笑んだ零さんと共にタクシーに乗り込んだ。 行き先を運転手に告げながら、零さんの指が妖しく動いて私の手の甲を撫でる。それだけで堪らなくなった私は零さんに甘えて身をすり寄せたが、軽いキスで宥められてしまった。ちゅ、とリップ音が鳴る。 「ダメだよ。まだお預けだ」 この上なくセクシーな甘い声で零さんが耳元で囁く。 今にも破裂しそうなほど膨れ上がった欲望を孕んだ二人を乗せたタクシーは、夜の闇の中へと消えていった。 |