亜熱帯と化しつつある都心から逃げ出して、避暑地として有名な地域に来てそろそろ一週間になる。
ひっそりとして涼しい隠れ家のようなこの別荘で、私と半兵衛さんは誰にも邪魔されずに二人きりの時間を過ごしていた。

読書をしたり、一緒に料理を作ったり、お昼寝したり。

普段忙しい半兵衛さんとの隙間を埋めるように、二人で濃密な時間を過ごした。

今夜は縁側に出て花火をしている。

二人とも浴衣姿で、「風情があっていいね」と笑う半兵衛さんは何とも筆舌に尽くし難いほど色っぽく、美しい。
抜けるような白い肌と、ふわふわした綿毛のような髪が夜の闇の中で浮かび上がって見える。笑みを湛えた艶のある唇は、キスしまたくなるくらいなまめかしい。
線香花火を見つめるその横顔は儚げで、いまにも消えてしまいそうで私は少しだけ不安になる。

「あっ」

半兵衛さんばかり見ていたせいか、私の花火からポトリと先端が落ちた。
先ほどまでパチパチと火花を散らしながら赤々と燃えていたはずのそれは、地面に落ちると途端に明るさを失ってしまった。

「こうして地面に落ちてしまうと儚いものだね。まるで人の命のようだ」

半兵衛さんの言葉に私は唇を噛んだ。

かつての彼の生き様は、まさに花火のようだった。
病に蝕まれた身体をおして、秀吉さんのために最後の最後まで命を燃やし尽くし、乱世を終わらせて皆が平和に暮らせる泰平の世の地盤を築き上げて、そして散っていった。
見事な生き様だったと彼を知る者は口を揃えて讃えたが、死んでしまっては何もならないと私は思ってしまう。

今生においても、彼の信念は変わらない。
全ては秀吉さんのために。
そのために文字通り命を削るように働いている。
私がいくら甘やかしてあげても、きっとまた早世してしまうのではないだろうかという疑念を捨てきれない。
それが竹中半兵衛という男なのだ。
私が愛したただひとりのひと。

「お願いですから、私よりも一日でも永く生きて下さい」

「残念だけど、そのお願いは聞いてあげられないな」

半兵衛さんの花火もいつの間にか火が落ちていた。人知れずひっそりと息絶えるかの如く。私の知らぬ間に消えていた。

半兵衛さんの手が私の頬に触れ、しなやかな指が私の目尻に溜まっていた涙を掬い取る。
驚いたことに半兵衛さんは微笑んでいた。
秘密を告白するように、その花びらのような唇が開く。

「僕が死ぬ時は、君も連れていくと決めている。だから、君より長生きは出来ない。すまないね、なまえ」

私は一瞬息を飲み、それから半兵衛さんに抱きついた。

「半兵衛さんは我が儘です」

「そうだね。自分でもそう思うよ。でも、僕が我が儘を言うのは君にだけだから」

「愛しています、半兵衛さん」

「僕は君が想うよりもずっと君のことを愛しているよ、なまえ」

あまりにも離れ難くて、あの世へ道連れにしてしまうくらいに。


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