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手負いの獣のほうがまだ扱いやすい、とは、一度でもザンザスの給仕に携わった事がある者の談である。

いつ何時(なんどき)機嫌が急降下して、料理の乗った皿やグラスや酒のボトルが飛んでくるか分からないのだ。
過去には椅子を投げつけられた男性スタッフが病院に担ぎ込まれたり、店が半壊する騒ぎも起こっていたくらいである。

だからその日もザンザスの来店を知らされたリストランテの従業員一同は、皆一様に緊張して青ざめ、今日は何事も起こらないよう願いながら彼の到着の待っていたのだった。


「いらしたぞ!」

顔を強ばらせた支配人が背後の従業員達にそう言いおいて店の外へ出ていく。

店の前の通りに黒塗りの車が横付けされ、後部座席からザンザスが降りてきた。
堂々たる体躯にヴァリアーの隊服である黒い上着を肩にかけてなびかせ、白いシャツの襟元には緩くネクタイを締めたその姿は雄々しく、相変わらず威圧感に満ちている。

車の外に出た彼は後から降りてくる人物に無造作に手を差し出した。

「有難う」

可憐な、と言ってよいほど澄んだ女性の柔らかい声。

ザンザスの差し出した手に掴まって車を降りたのは、まだあどけなさの残る少女だった。

淡いミントグリーンのワンピースに、それよりも少し濃い緑のカーディガンを合わせたコーディネートといい、十代を脱していないことが一目で解るほど若く初々しい容姿の持ち主である。


迎えに出ていた支配人は、内心、はてと首を傾げた。

ザンザスの愛人を何人か見た事があるが、毒のある雰囲気を持つグラマラスな美女が多かったと記憶している。
しかも次々と女を変えていたのか、同じ顔を二度と見る事は無かった。
こういうタイプの女性を伴って訪れたのは間違いなく今日が初めてだ。

「ようこそ、ザンザス様。お待ち申し上げておりました」

プロ根性で笑顔を作って挨拶をした支配人を一瞥したきり、ザンザスはさっさと店内へと足を向けた。

「行くぞ」

「あ、うん」

その後を追いかける際に、少女は笑顔で支配人に向かってちょこんと頭を下げた。
ジャッポーネ──たぶんイタリアの血が入っているのだろうその容姿は、間近で見ると更に幼く愛らしいものに見えた。

こんな風に挨拶をしてきた女性も初めてだった。
ザンザスの同伴で来店した女達は、誰もがみな女優か何かのように気位が高くツンとしていて、支配人や従業員など眼中にないといったように振る舞っていたからである。

支配人は軽くまばたきをすると、気を取り直して、自らもザンザスの後を追って店内に入った。

向かう先は分かっている。
店の一番奥の個室だ。
賓客用のそこは、事実上ボンゴレの要人専用席となっているのだった。



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