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よく来てくれたと笑顔で出迎えた養父を一瞥したきり、ザンザスはさっさとテーブルの前まで歩いて行く。
抱擁も握手もない。

久しぶりの親子の対面とはとても思えぬ素っ気ない態度だが、息子の気性もその複雑な心中も解っている9代目は、少し困ったように微笑んだだけで咎めることはしなかった。
彼らの親子関係が拗れてしまった原因は自分にあると自覚しているせいもある。


「真奈さんとは仲良くやっているようだね」

「うるせえよ。てめえにゃ関係ねーだろ」

ザンザスは煩わしそうに言ってアンティークチェアの上にふんぞりかえった。
そうして、周囲の気配を探る。

ドアの前に護衛が二人──そして、隣室にも二人。

(念には念を、ってとこか。ご苦労なこった)

ザンザスは嘲笑した。

名目上は外部からの侵入者に対しての護衛であっても、本来の役目はザンザスの監視であることは明らかだった。
彼は9代目の息子でありながら二度もクーデターを起こした危険分子なのだ。
上層部の連中も用心深くなるはずである。
とても二人きりにはしておけないという事なのだろう。


「コーヒーでいいかな?」

「酒にしろ」

「真奈さんから貰った良い豆があるんだが」

ザンザスは舌打ちした。

「何でもあいつの名前を出せば済むと思ってんじゃねぇぞ、ジジイ」

「まさか。そんな風には思っていないよ」

苦笑した9代目が軽く手を上げて合図をすると、続き部屋からメイドがワゴンを押して現れた。
ワゴンの上には既に湯気のたつ淹れたてのコーヒーが置かれている。

それを見たザンザスはますます不機嫌そうな表情になって、狸ジジイが、と毒づいた。

「本当に良い子だよ、彼女は。帰りに土産を持って帰ってくれないか。真奈さんにくれぐれもよろしく伝えておいてくれ」

「てめぇで言やいいだろ。わざわざ伝言を頼むようなことかよ」

ザンザスは言いながらテーブルに置かれたカップを持ち上げた。
腹立ち紛れに飲んだそれは確かに上等な豆が使われているらしく、味も香りも申し分ない。
同じ人物が購入した物なのだから当然なのだが、屋敷で仕事の合間に真奈が淹れてくれるコーヒーに似ている。
違う点があるとすれば、その本人がここにいない事だ。


「きゃっ──!」

小さな悲鳴があがり、ザンザスと9代目は、それぞれ声が聞こえた方向に視線を向けた。

ワゴンを押して退室しようとしていたメイドが驚きと困惑を滲ませてワゴンの上を見ている。

そこには大きな黒猫が一匹乗っていた。
先程の声は、この猫が突然ワゴンに飛び乗ったことに驚いて発せられたものだったのだろう。
筋肉質で立派な体躯をした黒猫は、鋭い目付きでザンザスを睨みつけている。

「またお前はそんな風に人を驚かせて…」

9代目が困りきった顔で言った。

「柄の悪そうな猫だな。躾が出来てねぇんじゃねーのか」

ザンザスがカップを傾けながら笑う。
9代目がメイドを下がらせるのを横目で見、黒猫はくあぁとアクビをしてみせた。
完全に人間を舐めきっている顔だ。

「こら、降りなさいザンザス」

ザンザスはぶはっとコーヒーを吹き出した。

「あ"ぁ?てめえ、今なんつった!?」

「ザンザスだよ。この猫の名前だ」

ドスをきかせて問い正したザンザスに、9代目がすまなさそうに答える。

「似ているだろう?」

「どこがだよ。ざけんな、この老いぼれが!」



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