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ある寒い日のこと。

下町に車で視察に出掛けた9代目の前に、一匹の薄汚れた野良猫が飛び出してきた。

どうやらそれは母猫らしく、小さな黒い仔猫を咥えている。
母猫はじっと9代目を見つめていたかと思うと、咥えていた仔猫をぽとりと彼の足元に落とし、明らかに弱りきった足取りで路地の奥へと消えて行ったのだった。

残された仔猫は鳴き声をあげることもなく、不思議な意思の強さを感じさせる赤い目でボンゴレのボスを見上げていた。

「お前は今日から私の猫だ」

首に巻いていたマフラーで黒猫を包んでやりながら優しい声で告げるボスを見て、不動の態勢で彼の傍らに控えていた側近が嫌な予感を感じたのは言うまでもない。

「お前の名はザンザス。ザンザスだよ」

9代目がそう名付けるのを聞いて、側近が脂汗を流し始めたのも言うまでもない。


ひきとられると、猫のザンザスは9代目の飼い猫としてふてぶてしくでかくなっていった。

「俺は9代目の猫! てめえら分家の飼い猫ごときと飯など食えるか!!」

餌皿をひっくり返し、他の猫達をぶちのめし、散々大暴れした末に、高みからそれらの惨状を睥睨してみせたザンザスの姿に、9代目はやれやれと苦笑し、使用人達は名前ばかりか中身まで御曹司そっくりだとひそひそと小声で噂した。

このままでは人間に対してクーデターを起こしかねないとまで囁かれる始末だ。

その予想を裏付けるように、何処から集めてきたやら、いつの間にか手下らしき猫が何匹か出入りし始めたところで、9代目はある決断を下したのだった。
すなわち、ストッパー役の召喚である。
猫のザンザスの場合、それはお嫁さんという形で城に招致されることとなった。


ザンザスの前に置かれた小さな白い箱。
その中では、呼吸に合わせて蜂蜜色のふわふわした毛玉が微かに上下している。
メスの子猫だ。

「可愛いだろう?お前のお嫁さんだよ」

にこやかに告げた9代目を、ザンザスは「ついにトチ狂いやがったか、ジジイ」とでも言いたげな目付きで見上げた。

「ハッ、乳臭えガキじゃねぇか」

「気に入ったようだね。良かった良かった」

9代目が嬉しそうに笑う。
息子との関係がそうだったように、この猫のザンザスともいまいち意思の疎通が出来ていない。
ザンザスは不満を表すために低く唸った。

その彼の前で子猫がころんと寝返りを打つ。

今度ははっきり顔が見えた。
口も鼻もまだピンク色のままだ。
自分の動きで目が覚めたのか、毛と同じ色をした蜂蜜色の瞳がぱちりと開いた。

箱の中からきょときょとと周りを見回し、みゃお、みゃお、と可愛らしい声をあげる。
母猫を呼んでいるのだ。

にこにこと見守る9代目が「お腹が空いたのかな」などと見当違いのことを言っているのを耳にしたザンザスは、うんざりしながら子猫に顔を近付けた。



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