“ソレ”を見た瞬間、聖羅は凍りついた。 場所はネズミーランド。 “ソレ”は、シルクハットにタキシード姿のミッチーマウス。 普通マスコットには子供が群がるものだが、“ソレ”には誰も近寄ろうとしない。 血塗れなのだから当然だ。 そのミッチーは、優雅な仕草で白い手袋に包まれた手を翻し、聖羅を手招いた。 『怖くありませんよ』 そんな声が聞こえたのは錯覚か。 次の瞬間、聖羅は悲鳴をあげて逃げ出していた。 “ソレ”もシルクハットを片手で目深に被り直し、タキシードの裾を翻しながら地を滑るような動きで追いかけ始める。 色とりどりの風船が舞い飛ぶ御伽の国を必死で逃げ惑う聖羅の姿は、まるで夢の世界に迷い込んだアリスのよう。 そして、邪魔な人々を斬り刻みながら追いかけてくるのは、兎ならぬ血塗れのネズミだ。 捕まったらどうなってしまうのか……考えるだけでも恐ろしい。 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテタスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ 誰一人生きている者のいなくなった遊園地に、聖羅の悲鳴が虚しく響いた。 「え?聖羅さん、ネズミーランド一緒に行かないんですか?」 受話器の向こうから残念そうな夏実の声が響いてくる。 まだ悪夢の残滓にざわめく胸を押さえながら、聖羅は申し訳なさそうに再度謝罪の言葉を告げた。 「うん……ごめんね。急に具合が悪くなっちゃって…」 「具合が悪いんじゃ仕方ないですけど、残念だなぁ…誘った時も凄く楽しみにしてましたもんね、聖羅さん。じゃあ、みんなには私から伝えておきますね」 聖羅今日、夏実達と一緒にネズミーランドに行く約束をしていた。 しかし、前日の晩になってタイミング良くあの悪夢を見たのだ。 まさか怖い夢を見たからとも言えず、聖羅は体調不良を言い訳にレジャーの予約を断ったのだった。 「そうだ!お土産買って来ますね。ミッチーの縫いぐるみとか!」 「う、うん…有難う」 縫いぐるみと言う言葉に一瞬昨夜の悪夢が蘇ったが、夏実の慰めに何とか礼を言って、聖羅は受話器を置いた。 たかが夢なのに我ながら馬鹿馬鹿しいと思う。 でも本当に怖かったのだ。 それに、確かそんな都市伝説があったような気がする。 一人で夜道を歩いている時に暴漢に襲われるという夢を見た女性が、夢で見たような状況になるのが怖くて、知人に頼んで家まで送ってもらった。 その途中、夢で見た男が横を通り過ぎるのだが、すれ違いざまに意味深な言葉を呟くのだ。 ――ピンポーン―― 不意に響き渡るチャイムの音。 そういえば、一緒に遊園地に行く銀次が迎えに来る事になっていたのだと思い出す。 夏実からの連絡が間に合わず、事情を知らないまま迎えに来てしまったのかと、聖羅は慌てて玄関に向かった。 ドアを開けると、そこには……… 「夢と違うではありませんか」 大きなミッチーマウスの縫いぐるみを抱えた赤屍が笑顔で佇んでいた。 |