夜の病院は静かだ。 ほんの些細な物音も大きく響いてしまう。 聖羅は殊更足音を忍ばせて病室を出た。 非常口の緑色のランプの下、そっと鉄の扉を開けた途端、外気が吹き付けて来てその冷たさにはっと我に帰る。 ──本当にこうする事が正しいのだろうか? 言われるがまま、盲目的にやっている行動が急に不安になる。 だが、下を見下ろした聖羅は安堵の息をついた。 非常階段の下、1台の車の傍らに立つ長身。 闇に紛れる黒衣の裾が秋風にはためき、帽子の縁を手で引き上げてこちらを見上げているのがわかる。 聖羅は嬉しさのあまり早足になりそうな気持ちを抑えながら、出来るだけ音を立てないように階段を降りて行った。 「お待ちしていましたよ、聖羅さん」 最後の一段を飛んだ聖羅の身体を地上に降り立つ前に抱きとめて、一瞬強く抱擁した後、赤屍は拐うように車に運び入れた。 そうして、自らも風のように乗り込み、直ぐ様車を発進させる。 これから先の事に対する不安と希望に、不謹慎なほどに胸が高鳴っていた。 フロントガラスの向こうには、闇の中、何処までも続いているかのように見える道。 ハンドルを握っていないほうの手が聖羅の片手を包み込む。 冷たいようで温かいその手に安堵を覚えながら、聖羅は彼のしなやかな指に自ら指を絡めた。 「何処へ?」 「何処へでも。貴女といられるならば、地の果てまでも」 真夜中の逃避行 お願いだから、繋いだ手と手を離さないで |