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白い鳥籠に住まう少女にとって、病室の四角い窓から見える景色だけが世界の全てだった。

その窓から時折見かける『黒い人』。

黒い帽子に黒いコートを着たその男は、窓の下の道を歩いていく途中でふと立ち止まり、しばらくこちらをじっと見上げた後、また何処へ去っていく。

聖羅は彼を死神だと思っていた。
彼を見かけた後は必ず誰かが死ぬから。

今日も急患か誰かの容体が急変したのだろうか、せわしなく走り回る看護師達の気配を感じながら聖羅はベッドに体を横たえ、目を閉じた。


「………誰…?」

「──ああ、起こしてしまいましたか。良いのですよ。そのまま眠っていなさい」


夜中にふと目覚めた聖羅は、耳元で響いた低い囁きに、緩慢な瞬きを繰り返した。
ベッドに黒い影が腰掛けて聖羅の脚を触っている。
不思議と恐怖はなかった。
その手つきは担当の医師と同じ感じがしたので、彼も医者なのだろうかとぼんやり考える。

「……なるほど。手術(オペ)は上手くいかなかったのですね。筋組織も弱ったままだ」


つう…と脚を撫でられる感触。
感覚はあるが、膝から下が動かない聖羅の脚を男は優しく撫でている。
次第に暗闇に慣れて来た目に、男のおぼろげな輪郭が見えた聖羅は、はっと身を固くした。
黒衣に幅広の黒い帽子──いつも窓の下を通る男だ。


「私を…迎えに来たの?」


そう問うと、微かに空気が揺れた。
男が笑ったのだ。


「クス…そうですよ」


ひんやりした指先が頬を撫でる。


「貴女は、ずっとここから出たいと思っていたのではありませんか?」

「…私…私は…」


そうかもしれない。
思えば、窓から外を眺めていたのは、無意識のうちにこの閉じた空間から解放されたいと願っていたからなのだろう。
聖羅が頷くのを見て、男は優しく微笑んだ。


「では、私が貴女を運びましょう。可愛らしい小鳥さん…」


しかし、結局のところ、白い鳥籠から黒い鳥籠へ移っただけだったのだ。


「逃げ出そうとしたのですか? いけない子ですね」


そう告げる声は優しい。
だが、微笑は彼の瞳までは染めていなかった。
高い位置にある、この館の地下室の唯一の窓。
漸く辿り着いたその縁に座り込んだまま凍りついている聖羅に向かって、赤屍がゆっくりと腕を広げる。
まるで黒い翼を広げるように。


  「おいで」


位置的には聖羅が彼を見下ろす形になっているはずなのに。
そして、優しく諭すような口調なのにも関わらず、その声には恐ろしい程の威圧感がこもっていた。
自由へと通じる窓から飛び降りて、彼の腕の中に戻るのは、そのまま暗黒への墜落を意味していた。

だが────


 「聖羅」


甘い声で名を呼ばれ、体が勝手に宙を舞う。
しっかりと受けとめた腕に聖羅はそのまま抱き締められた。


「だから言ったでしょう? 貴女は私から逃げられないと。この腕から逃れて何処へ行くつもりなのです」


頬に唇に降りてくる口付けに、泣き声のような溜め息が零れる。
首筋に顔を埋めた赤屍に気付かれないよう、聖羅は最後にもう一度だけ窓を見上げた。

ただ、思い出したかっただけなのだ。

空は、どんな色をしていたかを──


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