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木曜日。
週末に控えた赤屍の誕生日まで、あと僅か。
いよいよ計画も大詰めだ。
土曜日には出発する事になっているので、今のうちに必要な物を買い揃えておこうと、聖羅は仕事帰りにスーパーに向かった。
と言っても、夕食の材料を買いに来た主婦で一杯の普通のスーパーマーケットではない。
セレブリティなマダムや独身貴族の青年実業家御用達の高級食材ばかりが並ぶ店である。
いくら恋人が驚くほど稼いでいるとあっても、この身に染み付いた庶民感覚はそうそう抜けるものではない。
だから普段はあまり利用しないのだが、今日は別だ。

「高っ!」

スモークサーモンの値段を確認した聖羅は思わずそれを棚に戻しかけ、それから我に返って買い物籠へと入れた。
さすが高級店、ポップまでもが何だか気品漂う感じだ。
見るからに上品な中年女性が、ごく自然な動作で値札も見ずに商品を籠へ入れるのを見ると、どうにも自分一人が浮いているような気がしてならなかったが、そこは何とか踏みとどまって聖羅は買い物を続けた。
全ては赤屍の誕生日に彼に美味しいものを食べさせる為だ。

「ええと、ワインは……」

生鮮食品の棚から順に回り、そこらの酒屋ではおよそ見かけない品々が並ぶアルコール類のコーナーまでやってきた聖羅は、ポケットからメモを取り出した。
そこには、前に赤屍が好きだと言っていたワインの銘柄と、ネットで調べたお勧めの銘柄がメモしてあった。

「うわあ…こんなにするんだ」

桁の違う値段に引き気味になりながらも、恐る恐る瓶を手に取り、籠へ入れる。
これはちょっと幾らなんでもワインプレイに使える値段じゃないな、と聖羅は思う。
こんな高級なワインを身体にかけられて愛されても、きっと値段が気になってしまって集中出来ないだろう。

「──はっ」

いけない、いけない、と首をぶるぶる横に振る。
赤屍の嗜好と思考に侵され過ぎたのか、どうも近頃発想がピンク色になりがちで、自分でも不味いと感じ始めているところだった。
こう言ってはなんだが、かなり調教が進んでいるようだ。

「こんなものかな」

一通り店内を回って籠が一杯になったあたりで、買い忘れた物がないかチェックする。
とりあえずはこれでよし。
もし後から必要な物を思いついたら、向こうに行く途中で買えばいいだろう。
聖羅はレジへと向かった。


「随分沢山買いましたねえ」

ちょうど電話があり、車で迎えに来てくれた赤屍が聖羅から袋を受け取ると、次々とそれを車に乗せていく。

「あ、まだ中身は見ちゃダメです」

「おや、内緒なんですか?」

おかしそうに笑った赤屍は、助手席のドアを開いて聖羅に乗るよう促した。
彼の自然で優雅なエスコートはいつ味わっても胸がときめく。

「別荘に持って行くんですよね」

「そうですよ。だからまだ見ちゃダメです。びっくりさせるんですから」

「それは楽しみだ」

自分も運転席に収まった赤屍が麗しい流し目をくれて微笑んだ。
もう慣れ親しんだはずのその視線に、けれども身体がゾクリとするのを止められない。
この男の「艶」には、きっとこの先も永遠に慣れることはないだろう。

「実は私も、聖羅さんを驚かせようと秘密にしている事があるのですよ」

「そ、そうなんですか…」

ちょっぴり嫌な予感がした。


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