夕暮れ時。 時間に限りはあったものの、足を伸ばせる範囲で可能な限り有名どころを一通り回った後、聖羅を乗せた車は山中をひた走っていた。 そろそろ宿へ向かいましょうと言った赤屍の運転で、車はどんどん中心地から離れていく。 夕日に赤く透ける紅や黄色の葉が車窓を流れていくのを見ていると、何故か物哀しい気分になってくるから不思議だ。 秋という季節特有の、ひとを感傷的にさせる魔力のせいだろうか。 「えっと…確かこっちは貴船とか鞍馬に行く方向ですよね」 聖羅はうろ覚えながらも観光地で目にした京都の地図を脳裏に呼び出した。 ハンドルを握って前方を見据えたまま赤屍が淡く笑んでみせる。 「そう。『京都の奥座敷』と呼ばれる場所です」 京都の奥座敷。 夏は勿論、秋の紅葉でも有名な名所だ。 貴船は川床やもみじ灯篭で知られる場所だし、牛若丸こと幼少の義経が過ごした寺のある鞍馬もその景観や露天風呂で人気のある場所だった。 「じゃあ、今日泊まるのは…」 「貴船ですよ」 貴船の旅館街路沿いに並べられた灯篭の灯かりの間を縫うようにして車は今夜の宿へ向かって走って行った。 これは『もみじ灯篭』と呼ばれるイベントで、立ち並ぶ店や紅葉を美しく照らし出している。 宿は一番奥まった、旅館街から少しばかり先に行った場所に静かに佇んでいた。 篝火が焚かれ、砂利が敷かれた駐車場に車を駐めて、紅く染まった木々の下に開かれた門を通って旅館の入口へ向かう。 「ようこそ、お帰りやす」 「今晩は。お世話になります」 京女を絵に描いたような女将の出迎えを受けた聖羅と赤屍は、驚くほど静かな宿の中を歩いて予約していた部屋へと案内された。 日本家屋は音が響きやすいと聞いて心配していたのだが、部屋と部屋の間にたっぷりと距離が取られているせいか、それとも特殊な造りであるのか、廊下を歩いていてもまるで生活音が聞こえてこない。 そうする内に、今夜泊まる部屋に到着した。 そこは広々とした二間続きの和室で、障子を開けば紅葉に彩られた庭が見渡せる。 そして、当然というか、部屋には専用の露天風呂がついていた。 (やっぱり一緒に入るんだよね…) 露天風呂を見てほんの少しだけ怯んだ様子を見せた聖羅を横目で確認し、赤屍はクスリと小さく微笑を雫した。 「部屋にあるものとは別に、大きな露天風呂もあるそうですよ。そちらは混浴ですけれど、ね」 「えっ……あ、あのっ…」 「どちらに入るか考えておいて下さい。お好きなほうにお付き合いしましょう」 「は…はい」 聖羅は困りきった顔で赤屍を見上げた。 どちらにしても一緒に入るつもりらしい。 赤屍は至極楽しそうににこにこしている。 「お疲れでしょうから、まずはお夕食になさっては如何でしょう?離れに料亭をご用意しておりますので、そちらでお召し上がり下さい。その間にお床(とこ)の準備をさせて頂きますので」 女将がしとやかに微笑んで助け船を出した。 |