ほんの数分前、そこは戦場だった。 静寂を取り戻すと同時に動くものも無くなったその場に一人佇み、赤屍蔵人は冷淡に足元を見下ろす。 薄汚れた地面に転がっているソレらは殺す価値すらも無いつまらない輩だった。 悪名高きDr.ジャッカルを相手にして命を奪われ無かっただけ幸運と思うだろうか、と考え、直ぐに、全身の神経を切断されたのだからどちらにしてもこの先の人生は終わったも同然かと思い直す。 「!」 ポケットの中で微かな振動を感じ、赤屍は手袋を嵌めた左手で中を探った。 そのまま携帯を取り出し、ディスプレイに表示された名前を確認する。 MAKUBEX 無限城の少年王の名だ。 何度か依頼を引き受けた相手でもある。 更に言えば、彼は赤屍の恋人である聖羅のメル友でもあった。 赤屍とは特別親しい間柄とは言えないものの、全くの赤の他人という訳でもない。 右手にまだ血に濡れたメスをさげたまま、赤屍は通話ボタンを押した。 「──はい」 『やあ、久しぶりだね。仕事は終わったところかな?』 「…よくご存知で」 “質問”ではなく“確認”の言葉に含み笑う。 恐らく彼は赤屍の仕事が一段落する頃合いを計算して連絡して来たのだろう。 MAKUBEXはあまり無限城から出る事はないが、その情報収集能力はプロのそれをも上回る。 赤屍の引き受けている依頼内容は勿論、その進捗状況すら把握しているに違いない。 『ちょっと頼みたい事があるんだけど──引き受けてくれるかい?』 MAKUBEXが言った。 「うかがいましょう。ただし、明日から三日間は先約があるので、その後でということになりますが」 『うん、聖羅さんと温泉に行くんだろう?秋の京都での小旅行だって聞いたから、相応しい場所を幾つか選んでメールで資料を送っておいたよ』 「やれやれ…全て計算(カリキュレーション)のうち、という訳ですか」 微笑を深くした赤屍は、軽く振って返り血を落としたメスを体内にズルリとしまい込んだ。 手袋は血塗れのままだが、これはまあ捨ててしまえば問題はない。 携帯の向こう側でMAKUBEXが苦笑する気配がした。 『不粋な真似だとはわかっているけど……実は昨日、聖羅さんとメールで旅行について少し話したんだ。僕だけじゃなく、朔羅や笑師達の分までお土産を買って来てくれるそうだから、せめてこれくらいの協力はさせて貰いたいと思ってね』 それは初耳だ。 赤屍は僅かに瞳を細めた。 聖羅の交友関係に煩く口を出すつもりはないが、異性に対して無防備過ぎるのも考えものである。 朔羅と仲睦まじい様子を披露しているMAKUBEXはともかくとして、他の連中は十分警戒対象となる。 この件に関しては、一度よく話し合う必要がありそうだ。 『宿や日程なんかはもう決まっているだろうし、ちょっと足を運んでみるのにちょうど良さそうな場所をリストアップしただけだから、参考程度にしかならないかもしれないけど』 「いえ、助かりますよ。聖羅さんもきっと喜ぶでしょう。それで、頼みというのは?」 そう尋ねた赤屍に、MAKUBEXはある事を依頼した。 少年の話に耳を傾けている赤屍の美しい口元に、いささか邪悪な感じのする微笑がゆっくりと広がっていく。 その頃、MAKUBEXと赤屍が接触している事など全く知らない聖羅は、明日からの旅行に備えて準備をしている真っ最中だった。 明日はいよいよ出発だ。 |