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バレンタイン寒波とでも呼ぶべきか、ちょうどバレンタイン前後に集中して首都圏を襲撃した寒波により、都心では今冬初の積雪を記録した。
聖羅が喫茶店ホンキートンクのウエイトレスになって初めて経験する大雪だ。

このホンキートンクでは、腰痛持ちの店主に代わり、聖羅を含むウエイトレス三人で交替で雪かきをした。
朝の内に綺麗にしておいても、日中に雪が降ればまた積もってしまう。
今日もそうしてせっせと本日二度目の雪かきをしていたところ、

「こんにちは、聖羅さん。大変ですね」

後ろから声をかけられ、聖羅はスコップを手に振り返った。

白く染まった世界の中に、不吉な黒い染みのような、あるいは闇が人の形をとったかのような黒衣の男が佇んでいる。

「赤屍さん!」

男の名前を呼んだ口から白い息がたちのぼった。
よく見れば、微笑が浮かぶ赤屍の口元にも同じ白いもやが漂っている。
それで聖羅は「ああ、この男にも体温があるんだな」と思った。

「寒くはありませんか」

「寒いですよー。でも少し慣れてきました」

一旦スコップを置き、黒衣の運び屋のために店のドアを開ける。

「どうぞ」

「有難うございます」

優雅に微笑んだ赤屍が店内に入っていく。
それを見届けた聖羅は、再びスコップを手にし、殆どシャーベット状になりつつある店の前の道路の雪をザクザクかき始めた。

冬の間ほぼ毎日この重労働をこなさなければならないのだから雪国住まいの人は大変だ。

そんな事を考えながらスコップを動かしていたら、先ほど閉じたばかりの店のドアがまた開いた。
店内から出て来たのは、帽子とコートを脱いだ赤屍だ。

「手伝いましょう」

「え、でも、」

「貴女が雪かきをしているのに、暖かい店内でゆっくりお茶を飲むなど出来ませんよ」

紳士的に、だが有無を言わさぬ強引さでスコップを奪われる。
そのままザクザク始めた赤屍に聖羅は慌てた。
その間も赤屍はいやに手際よく雪かきを進めていく。

それならばと、聖羅は集めて山にした雪をバケツに掬い、近くの側溝に捨てることにした。

バケツに雪を詰め、よいしょと持ち上げた瞬間、横から伸びてきた手にそれをヒョイと取り上げられる。

「そこに捨てれば良いのですね」

「そ、そうですけど、大丈夫です!やります!」

「取れるものならどうぞ」

手が届かないように高くバケツを持ち上げられてしまったため、聖羅はぴょんぴょん飛び跳ねて必死に取り返そうとしたのだが、その様子が可笑しかったらしく赤屍にクスクス笑われてしまった。

「もう!意地悪しないで下さい!」

「意地悪、ですか…困りましたね。これでも優しくして差し上げているつもりなのですが」

喫茶店のドアがまた開き、今度は波児の呆れ顔が覗いた。

「おいおい、この寒いのに何をじゃれあってんだ、お前らは」

「じゃ、じゃれてません!」

聖羅は真っ赤になって抗議したが、赤屍は余裕の笑顔だ。

「じゃれているのではなく、聖羅さんを可愛がって遊んでいるところですよ」

「赤屍さん!!!」

顔から蒸気が出そうなくらい熱いのに、この熱で雪が解けてしまわないのが不思議で仕方なかった。


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