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カフェの中は平和で穏やかで、何だか眠くなるような暖かい空気で満ちていた。
そしてやはりカップルが多い。
自分達も恋人同士に見られているのだろうかと考えると、やるせなくて溜め息が漏れた。

「例えば恋愛映画だとしたら、数々の困難を乗り越えた男女がお互いの想いを確認しあって、結ばれて、それでハッピーエンドじゃないですか。両想いになったところで終わりなんです」

「ええ」

「でも、でもですよ、その先もずっと何も問題が起こらないなんてあり得ないと思うんです。結ばれて終わりじゃない。そこが始まりなんです」

「なるほど。そうかもしれませんね」

「いつか相手が自分に愛想をつかしたり心変わりするんじゃないかと心配しながら、ずっとずっとずっと、死ぬまで努力し続けなきゃいけない。手を抜いたら嫌われてしまうかもしれない。恋人になってから新たに相手の嫌な面が見えてくる部分があるかもしれない。そうでしょう?」

「そうですね」

「結ばれた時の喜びが大きければ大きいほど、想いが強ければ強いほど、それが崩れ去るときの悲しみや絶望は大きいと思うんです」

「愛と憎しみは同じ顔をしていると言いますからね」

「だから私にとって“想い”は“重い”んです。私は弱いから…とてもそんなものを抱えて生きていけない」

強すぎる感情は怖い。
それが悪意であっても、好意であっても。

「貴女が抱える必要はありませんよ」

長い指をテーブルの上で組んで、赤屍は事も無げな口調で言いきった。

「それは私が抱えていく荷だ。運び屋ですからね、運ぶのは慣れています。貴女はただ私に愛され、そして、貴女なりのやり方で私を愛して下さればそれでいい。どうです、簡単でしょう?」

一見、包容力に満ちた男に深い愛情を示されていると勘違いしてしまいそうになるが、聖羅には解る。

これの正しい名称は『執着』だ。

愛されることを恐れる自分に、“愛”がいかなるものであるかを語る資格はないのかもしれないけれど、でもそれだけは解る。
同じ歪んだ人間だからこそ解るのだ。

「……ホワイトデーにこんな会話をしてる私達って変ですよね……」

沈んだ声で呟いて俯く。
自分で言って自分でダメージを受けてしまった。

「変人同士お似合いで丁度良いでしょう」

片手にティーカップを持ち、優雅に紅茶を味わっていた赤屍が笑った。

ああ言えばこう言う。
しかも、あくまで紳士的な態度を崩さずに、だ。

「恋人になってしまえば、貴女が今感じているような虚しさも消え去るはずですよ」

その上、こちらの心を見透かして刃で抉ってくるからタチが悪い。

敵に回せば、鋭く弱点を突いてくる恐ろしい相手になるだろう。

恋人なら────あるいは、こちらの気持ちをよく汲み取って優しく気遣って尽くしてくれるタイプなのかもしれない。


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