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妹が婚約した。
相手の男性は、聖羅が学生時代に若気のいたりで三ヶ月ほど付き合ったことがある、元彼と呼ぶには少々微妙な間柄の男だった。
聖羅も、顔合わせの際に初めてそれに気が付いたぐらいだ。
それまで綺麗さっぱり記憶から消え去っていたし、今更どうこう言うつもりも全くなかった。
当然妹もその事を知らない。

ここまでは、よくある話だった。

たぶん、こちらが未練のみの字もなく、過去の事は過去の事としてあっさりした態度をとったことが彼の男としてのプライドを刺激し、妙なスイッチを押す切っ掛けになったのかもしれない。

顔合わせの後、彼は聖羅にもう一度やり直さないかと迫ってくるようになった。
と言っても、妹との婚約を解消して改めて…ということではなく、妹には内緒にして何とかうまいことやれないかということらしい。
下品な言い方をすれば、『姉妹丼』を狙われたのである。

そして今日、男は実力行使に出ようとしたのだが──。




「し……死んじゃったんですか……?」

「殺してはいませんよ」

部屋の入口に倒れ伏したままピクリとも動かない男を見下ろし、赤屍が冷ややかな口調で答えた。何というタイミングか、ちょうど男に迫られて言い争いはじめた直後に赤屍が訪ねてきたのだ。
顔を歪めて身勝手な言葉を並べたてて襲いかかろうとする男の背後に現れ、メスを一閃させたかと思うと、一瞬後にはこの状況になっていた。

赤屍は、「それとも、やはりコマギレにしてしまいましょうか」と、本気とも冗談ともつかない事を言いながらメスをちらつかせる。

「とは言え、このままにしておくわけにはいきませんね」

赤屍はまだ震えが止まらずにいる聖羅を抱き寄せているのとは反対側の手で、懐から携帯電話を取り出した。


今宵三人目の訪問者は、その電話から10分もかからず到着した。
工藤卑弥呼である。

以前から聖羅の悩み相談に乗ってくれていた彼女は、赤屍が電話で依頼した時の短い説明と、実際に自分の目で現場の状況を見たことで完全に事態を把握したようだった。

「今回ばかりは赤屍のやった事を責める気になれないわね」

意識を失ったままの青年を蔑みの目で見下ろし、冷えた声でそう吐き捨てると、卑弥呼は手早く必要な処置を施してくれた。

「綺麗さっぱり記憶を消しておいたから心配しなくていいわ。こんな馬鹿な男のために悩むことなんてないわよ」

「卑弥呼さんの言う通りです。貴女が思い悩む必要はありませんよ」

赤屍に優しく髪を撫でられる。
その手にはもうメスは握られていない。

「赤屍にたっぷり甘やかして貰って、今夜の事は忘れなさい」

慰めるように微笑むと、卑弥呼は男を乱暴に自分のバイクのサイドカーに放り込み、夜の闇の中へと走り去っていった。
美堂蛮の妹は相変わらず男前だ。


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