「バレンタインはディナーの予約を入れてあります」 思わず洗っていたお皿を落として割ってしまうところだった。 喫茶店ホンキートンクのカウンター席、聖羅の目の前に座った赤屍蔵人は、にこやかに微笑んで言った。 「今年は日曜日ですから早めに予約が必要だと思いまして」 「そ…そうですか」 「日本では女性が男性にチョコレイトを渡す日になっていますが、本来は恋人同士が特別なディナーを楽しんだり、贈り物をしあう日なのだそうですよ」 「そ…そうなんですか」 「貴女に出逢うまではそういったイベント事に興味がなかったので、色々調べました。詳しく知ってみれば、なかなか面白いものですね」 「そ…そうですか」 助けを求めようにも他に客はいない。 いつも居座っている奪還屋の二人は、珍しく依頼が入ったとかで仕事に行っている。 なんでもバレンタイン絡みの依頼なのだとか。 マスターは、と見れば、気の毒そうな表情をしてはいるが、新聞紙を広げて誌面を追っているふりをしている。 「あまりうちのウェイトレスをいじめないでやってくれよ」 「いじめてなどいませんよ。まさか、邪魔をなさるおつもりですか?」 「邪魔というか、なあ…困らせるのはどうかと思うぞ」 さすがマスター! よくぞ言ってくれました!と、内心拍手喝采だったのだが、 「障害があるほど燃えるものでしょう?男女の愛というものは」 運び屋はまったくこたえていなかった。 切れ長の瞳が、すうっと細められて聖羅を見据える。 「ねえ?そう思いませんか?聖羅さん」 「ひぇっ…!」 「怯えた顔も可愛らしい。つい意地悪をしてしまいます」 「ふえぇ…!」 「本命チョコ、下さいますよね?もちろん、この私に」 愛のメッセージとともに。 甘い声音で囁かれた言葉は、猛毒となって聖羅の耳から侵入し、その内側から彼女を犯した。 |