それは貧血に似ていた。 すうっと血の気がひいていく感覚。 「このメスは心臓大動脈からコンマ5ミリ程の位置に刺さっています。痛みこそありませんが、少しでも動けば動脈が切り裂かれて即死するでしょう。死にたくなければ動かないことです」 背後に立つ男が告げる声を、半ば意識を失いかけながら聞く。 動けば殺す。 彼はそう言っているのだ。 恐ろしい内容であるにも関わらず、艶のあるその声は冷静そのもの。 確かにこの男ならば、些かの躊躇もなくやってのけるだろう。 もっとも、逃げたり抵抗したりしたくても、背後に立つ運び屋に腰を抱かれ、胸に深々とメスを突き立てられた状態では身動き一つ適わない。 「彼女の命と依頼、どちらを優先するかは、どうぞご自由に」 数メートルと離れていない場所で、蛮が忌々しげに舌打ちするのが聞こえた。 サングラス越しに聖羅に投げかけられた視線に心配の色が滲んでいる。 彼が聖羅を巻き込んでしまった責任を感じているのは明らかだ。 「蛮ちゃん」と相棒から促された蛮は、降参を示す代わりに、苦虫を潰したような表情で依頼品を持ち上げてみせた。 「欲しいのはコレだろ」 「よくおわかりで。ソレをこちらに投げて下さい。そうすれば、直ぐにでもこのメスを抜いて差し上げますよ」 「チッ……ほらよッ!」 蛮が投げて寄越してそれを、赤屍が片手で受け止める。 「…クス」 約束通り、その手が速やかにメスを抜き差ったかと思うと、赤屍の長身が後ろに大きく傾いた。 片腕に抱いた聖羅ごと。 ──落ちる! 「赤屍さん!?」 銀次の叫ぶ声に聖羅の悲鳴に重なった。 |