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最初の夜はまともに食事も出来なかった。
食べ物は喉につかえた。

もしもこれが十代の頃なら、不安になるよりも先にもっと無邪気に驚いたり喜んだり出来たと思う。

けれども、成人して自分のライフスタイルや色々な事がある程度築き上がってきたところで、ある日突然それら全てを失い、知らない場所でゼロからスタートしなければならないとなると、不安のほうが大きい。

「泣いていたのですか?」

突然聞こえた声にギクリとして振り返ると、買い物から帰ってきた赤屍蔵人が立っていた。
両手には買い物袋。
中身は彼のものではない。聖羅が頼んだ着替えなどだ。
さすがに下着や生理用品を買ってきて貰うわけにはいかないが、とても助かっている。
何が怖いって、頼んだら赤屍なら平気で買って来てしまいそうなところだ。

「涙にはストレス物質を体外に排出する役目があるのです。だから、辛いときには我慢せず泣いたほうが良いのですよ」

赤屍が静かな声で言った。

「…本当にお医者さまなんですね、赤屍さん…」

この世界はよく似ているけど違う。
ここは異世界なのだ。
自分の家があるはずの場所に行っても、そこには別の家が建っていて、別の家族が暮らしている。
一人きりになった途端、そんな考えにとらわれてしまい、涙が止まらなくなってしまったのだった。

「貴女はずっとそうして何もかも飲み込んできたのですね」

赤屍の静かな声が続ける。
彼はともすれば中性的に感じられる容貌の持ち主だ。
と言うか、性別云々の前に人間臭さというものが希薄だった。

「吐き出してしまいなさい。溜め込んだものは、そう簡単には無くなりません。貴女を内側から腐らせてしまう前に……さあ」

はらはらと零れ落ちる涙を、赤屍がハンカチでそっと押さえて拭いてくれる。

「大丈夫、私がついていますよ」

弱っているせいだろうか。
蕩けるような甘く優しい声音に溺れてしまいそうになりながら、聖羅は赤屍の胸に顔を埋めて縋りついた。



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