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聖羅は今、大型フェリーに揺られている。
特等・1等の個室が多く設置されているのが特徴の豪華な客船で、ゆったりとした快適な船旅を楽しめる………はずだった。

『台風による影響で、港近海の状況が悪く、上陸を見送っております。暫くお待ち下さいませ』

そんな船内放送が入ってから早5時間。
着港予定を大幅に過ぎて、客は不安がるやら文句を言うやらで大騒ぎである。
フェリーは大荒れの海上で、沈没の危機に晒され続けていた。
聖羅はというと、ロビーのソファにぐったりと腰かけて、状況が良くなるのをひたすら待っているところだ。
かれこれ丸一日近く揺れに揺られているせいで、ひどく気分が悪い。

「大丈夫ですか?」

不意に頭上から降ってきた声に、聖羅は力なく閉じていた眼を開けた。
黒いスーツ姿の男が上から覗き込んでいる。
こんな状況でなければ、男の美貌に驚嘆し、話しかけられたことに対して羞恥を覚えたかもしれない。
それほど、目の前の男はそら恐ろしいくらいに整った容貌をしていた。
だが、いまは頭が全く働かず、ただ蒼白な顔で男を見上げることしか出来ない。

「失礼。こう見えて私は医者なのです。随分気分が優れないようでしたので、心配になって声をおかけしたのですが…」

そう言うと、男は改めて様子を確認し、優しく微笑んでみせた。

「ここは騒がしく、病人に良い場所とは言えない。私の部屋で休んで頂くというのは如何でしょう?」

「そんな…そこまでして頂いては申し訳ないです…」

「遠慮はいりません。医師としては病人を見過ごせませんから…ね。どうか、部屋を提供させて下さい」

そこまで言われては断るのは逆に失礼になるというものだ。
聖羅は有り難く申し出を受けることした。
赤屍と名乗った医者に支えられて、不穏に傾く廊下を彼の船室へと移動する。
そこは、船首にある特別室だった。
ホテルでいえば、ジュニアスウィートにあたる豪華な設備が整った部屋である。

「そこに横になって下さい。吐き気はありますか?」

「少し…でも大丈夫です」

ベッドに横になるよう指示され、聖羅は素直に身を横たえた。
流石にホテルのようにとまではいかないが、他の船室の寝台と比べれば、段違いの寝心地だ。
赤屍は医者らしく、近くの椅子を引き寄せて座り、手首に指先を滑らせて脈を計っている。

「少し眠ったほうがいい。気になるようでしたら、私は外に出ていますので」

「いえ…平気です…ここに、いて下さい……有難うございます」

青い顔で礼を述べると、赤屍も微笑み返した。

「礼には及びませんよ。さあ、ゆっくりお休みなさい」

ひとつ頷き、眼を閉じた。
揺れは相変わらずだったが、やはりベッドの上だからか、それとも医者が近くにいるという安心感からか、貴女は直ぐに眠りに落ちた。

「クス…」

それを見ていた赤屍が小さく笑う。
やがて規則的な寝息が聞こえるようになると、彼はおもむろに金属製のペンケースに似た入れ物を取り出した。
カチリと蓋を開くと、中に収められていた細い注射器を取り出す。
一緒に入っていたアンプルから薬液を吸い出し、赤屍は聖羅の腕を毛布からそっと出した。

「大丈夫、直ぐに良くなりますから…ね」

低く呟いて、船の揺れにも関わらず、全く狂いのない動作で注射を打つ。

次に目覚めた時には、嵐はおさまっているだろう。

そして、その時は──


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