「軍艦島ミステリーツアー?」 「そう! 面白そうでしょう?」 面白そうかどうかと聞かれれば、確かに面白そうではある。 友人が嬉々としてテーブルの上に広げたパンフレットには、なるほど、いかにも恐怖と興味を煽るような紹介記事が掲載されていた。 「軍艦島の例の噂、興味あるって言ってたじゃん」 「それはまあ…でも、実際に行くのは…ねぇ」 いわゆる"怖がりの見たがり"である私としては、映像で見たり話に聞いたりするのと、実際に心霊スポットまで足を運ぶのとでは、必要になる勇気の桁が違うというものだ。 テレビで心霊特集やらホラー映画を見るのはいい。 しかし── 「ほら、見て。 豪華客船で行くんだよ。しかも食べ放題!」 パンフレットの記事の中、やたらと豪華そうな船の写真を指さして友人が説得にかかる。 傍らの説明書きには、ツアー客は大部屋でなく二人部屋の個室に宿泊し、船内ではディナーショーなども楽しめるとあった。 その豪華客船の中でも余興が行われるらしい事は容易く想像がつく。 なるほど、ただ現地に行くだけのミステリーツアーではないようだ。 「ねえねえ、行こうよぉ〜〜!」 彼女はなおも渋る私の腕を掴んで左右にブンブンと揺さぶる。 「費用は半分持つからさ〜……ね、いいでしょ?」 「…………わかった。いいよ、行こう」 しょうがないなぁと笑えば、友人は、やった!と叫んで手を打った。 「良かったぁぁ、実はもう予約しちゃってたんだよね。断られたらどうしようかと思っちゃった!」 「…あのねぇ…」 「だって、人気があるんだもん、このツアー。あっという間に〆切になったんだから」 最初から二人で行くのを前提で話していたのか…。 あまりと言えばあまりな強引さに、私はガックリと肩を落とした。 「じゃあ、はい、これ」 そんな私に友人はクリアファイルを手渡した。 見れば、透明なそれには船のチケットやパンフレットが入っている。 「こっちのが乗船する時の。これは案内ね。それからこれが──」 テキパキと説明する友を見て、私は深い溜め息をついた。 楽しい旅になるはずだった。 それなのに── 暗い坑道。 廃墟と化した孤島の地下に拡がる、広大な空間。 本来ならば真っ暗闇のはずのそこは、所々にライトが設置されているお陰で、かろうじて足元が見える程度には目が効くようになっていた。 ──だからと言って、事態が好転する訳では無いけれど。 走り続けているせいで呼吸が荒い。肺が痛い。 さっきから頭痛も激しくなり始めていた。 気のせいではなく酸素が薄いせいだ。 それでも立ち止まる訳にはいかなかった。 「───クス……」 薄暗い空間を震わせて響いてきた笑い声に汗ばんだ肌がゾクリと泡立つ。 近付く革靴の音。 わざと気配を知らしめてこちらを追い詰めようとでも言うのか。 背後からゆっくりと、そして確実に迫りくる存在との距離を嫌でも意識してしまう。 ゾクゾクと寒気が走る身体を叱咤し、精一杯早く足を動かすのだが、思うようにスピードが出ない。 限界の近い身体は重く、まるで分厚いゼリーの湖の中を泳いでいるようだ。 木枠の組まれた坑道は、もう何処へ向かっているのかわからないほど入り組んでおり、地下迷宮と呼ぶに相応しいその暗いはらわたの中に私を閉じ込めていた。 出られない。 足がもつれて半ば転ぶように崩れ落ちた身体を、腰に回された腕が支えた。 「おや、鬼ごっこはもうおしまいですか?」 場違いなほど甘美な響きのテノールに囁きかけられ、泣きそうになりながら振り向く。 坑道の薄闇に浮かび上がる白皙の美貌。 ──悪魔 ──死神 ──そんな禍々しい呼び名が頭を駆け巡る。 暗黒の美だった。 唇の両端を綺麗に釣り上げて男が笑う。 「では……諦めて食べられてしまいなさい」 |