春から新しい職場になった。 それに伴い、職場で提携している新宿の病院で健康診断を受けることになった。 結構大きな病院で、検査も本格的なものばかりでビビってしまったが、格安で人間ドックを受けられると思えばお得かもしれない。 ただひとつ、古傷を見られることを除けば。 「これはいつ頃出来た傷ですか」 「小さい頃です。いつかははっきりとは覚えていません」 これは嘘ではない。 怪我をした時のショックで当時の記憶が曖昧になっているのだ。 ただ、凄く怖かったこと、痛かったことは感覚としてよく覚えている。 今でもそこに触れられるとびくりと反応してしまうぐらいに。 「まだ痛みますか」 傷に指でそっと触れて、その赤羽という医師は尋ねた。 触られた瞬間、寒気ではない快感に近いそれに背筋がぞくぞくっとした。 端整な顔立ちの素敵な男性だ。 状況が状況でなければときめいていたと思う。 「時々は。古傷なんで、ちょっとズキズキするかなーってぐらいですけど。特に冬の寒い時なんかに痛みます」 「なるほど」 普段は衣服で隠れてしまうその古傷を他人に晒すことにはあまり慣れていない。 ちょっとそわそわしていると、それが伝わったのか、赤羽先生は優しく微笑んでみせた。 「大丈夫、それなら心配要りません。ただ、あまりに酷いようならもう一度診せに来て下さい」 「はい」 もういいですよ、と言われて着衣を直す。 「それ以外は問題ありません。何か質問はありますか?」 古傷に触れられて少しナーバスになっていたのだと思う。 だから、ちょっとおどけた感じで言ってみたのだ。 「先生は独身ですか」と。 赤羽先生は少し目を丸くしたあと、見惚れるような艶然とした微笑を浮かべてみせた。 「ええ、独身ですよ。お付き合いしている方もいません」 「やっぱりお仕事大変だからですか?」 「それもありますが、今まで付き合いたいと思える方がいなかったので。ですが、ようやくその機会に恵まれたようです」 先生はカードにさらさらと何か書き付けて私に渡してきた。 そこに書かれていたのは、赤羽蔵人という名前と、電話番号とメールアドレス。 ──びっくりだ。 「次は、医師と患者ではなく、一人の男と女としてお会いしたい。心より連絡をお待ちしております」 カードを持つ私の手を両手で包み込むようにして赤羽先生が言った。 これは……どうしよう……。 古傷のことはすっかり忘れ、私は新たに降って沸いた事態に困惑しながら、とりあえずぎこちなく頷いた。 私を見つめる先生の目が有無を言わせぬ迫力があって怖かったからだ。 「有難うございます。楽しみですよ。実に、ね…」 …本当にこれからどうしよう。 |