クールビズが始まったことで、喫茶店に来るサラリーマンのお客さんの中にも、麻のシャツにノーネクタイといった装いの男性の姿が見受けられるようになった。 見ている側としても涼しいものだ。 昼のかきいれ時ともなると、その傾向は更に顕著になった。 それぞれ涼しげな格好をしたクールビズスタイルの男性がカウンターにずらりと並び、カレーライスやランチメニューを掻き込んでいる。 「涼しくていいよ。これからの季節は特に」 「そうそう。いい時代になったね」 「ただ、やっぱり得意先へ挨拶に行く時なんかは上着を着て行くけどね」 汗を拭き拭きそう語ったサラリーマン達は、代金を払ってまた仕事へと戻って行った。 だから、ピークを過ぎたその後に入って来た男に聖羅は違和感を覚えずにいられなかったのだ。 「赤屍さんはクールビズしないんですか」 「クールビズ、ですか?」 いつもの黒尽くめの格好で喫茶店を訪れた男は、いつもの紅茶を頼んで、一人ゆったりとテーブル席に腰を下ろした。 「こう見えて、クールビズなんですよ」 「ええっ」 「冬物よりも薄くて風通しの良い生地で作られていますし、ネクタイもひんやり感のある特殊素材のものです」 「凄い!全然気がつきませんでした!」 「見た目でわかる変化ではありませんからね」 というか、この男も暑さを感じるのか、というのが素直な驚きだった。 「聖羅さん、良かったら家に来ませんか。まだ色々とあるのでお見せしますよ」 「是非!……あっ、いいえっ、いいですっ!」 思わず頷いてしまいそうになり、慌てて遠慮の言葉を述べる。 危ないところだった。 うっかり頷いたりしたら、狼の口の中にのこのこ入って行くようなものである。 「残念。賢くなりましたね」 「ちょ……どういう意味ですかっ!?」 「知恵がついてしまって残念だということですよ。もっと簡単に騙されてくれるかと思ったのですが」 「そ、そんなことないですよ!」 「…………クス」 意味深に笑ってみせた男は、運ばれてきた紅茶に優雅に口をつけた。 花びらのような唇がティーカップの縁をやわく挟み、そのまま中身を流し込む。 琥珀色の液体をこくりと飲み込んだ拍子に喉仏が上下するのを見て、思わずこちらまでこくりと喉を鳴らしてしまった。 こんなに色っぽく紅茶を飲む人を他に知らない。 「やはり私の家へは来て頂けませんか」 「き、来て頂けません!」 「残念です」 他の手を考えなければ、と笑んだ顔を見て背筋がぞっと寒くなった。 この男がいる限り、クールビズは必要なさそうだ。 |