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少しずつ。
そう、少しずつでいい。
気付かれないように微量だけ混入すればいいのだ。
緩やかに起こるだろう変化に彼女はきっと気付かない。


「ただいま…」

「お帰りなさい。ご飯出来てますよ」

仕事から帰ると当たり前のような顔で赤屍蔵人に出迎えられた。
ここしばらくずっとそうだ。
最初こそ警戒していたものの、今ではすっかり彼がいることに慣れてしまった。

正直、仕事を終えて帰ってから食事の支度をするのは面倒なので、その点では助かっている。
しかも、自分で作るよりも美味しいし。

「今日はなんですか?」

「ビーフシチューです。すぐ食べますか?」

「お願いします」

昼食はゼリー飲料だけだったのでお腹がペコペコだ。
家に入った時からずっと良い匂いがしていてもう限界だった。

急いで手を洗ってくると、早速テーブルにつき、スプーンを手に取る。

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

赤屍に勧められるままシチューを口に運んだ。
濃厚な味わいのそれは、まるでお店で出てくる料理のようだった。
シチューそのものはもちろんのこと、お肉も美味しい。
口の中で蕩ける肉は、きっと高級なものを使っているのだろう。

「美味しいですか?」

「はい、凄く!」

認めてしまうのは悲しいが、あまりにも自分とレベルが違い過ぎる。
いや、ハイスペック過ぎるこの男が悪いのだ。

「愛していますよ、聖羅さん」

毎度飽きもせず求愛してくる、この男が全部悪い。

もういちいち恥ずかしがるのもアレな気がして、最近では当たり前のようにその言葉を受け止めるようになってしまった。
これは非常にまずい徴候だ。

「赤屍さんも懲りませんね。もう何度目ですか、そういうの」

「貴女が受け入れて下さるまで、何度でも」

「…いやいや」

次第にほだされつつあることを認めたくなくて、わざと呆れた風を装う。

でも本当はわかっていた。

もうすぐこの男は欲しいものを手に入れてしまうだろう。

さすがにちょっと悔しくて、聖羅は話題を変えることにした。

「このシチュー本当に美味しいですね」

「そうですか」

「どうしたらこんな味が出せるんだろう?何か特別な調味料とか隠し味に使ってます?」

「ええ、まあ」

「えっ、なんですか?」

「愛情をたっぷりと」

微笑んでそんなことを言うものだから、どんな顔をすればいいのか困った。

「からかわずに教えて下さいよお」

「…クス」

「あ、ほらやっぱり、からかって遊んでる!」

「からかってなどいませんよ」

「じゃあ教えて下さい」

「そうですね……もう少ししたら教えて差し上げますよ」

「本当に?」

「ええ。嘘はつきません」

赤屍さんは何故だか愉しそうに微笑んでいる。

「もう少ししたら、ね……」


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