1/1 


赤屍さんのマンションに移り住んで約1ヶ月。
予想以上の快適さに驚くと同時に戸惑っている。

まず、真夏で暑いからといって窓を開ける必要がない。
冷暖房完備、室内は空調で常に適温に保たれているからだ。
コトが終わった後に裸でゴロゴロしていても風邪をひかない。
裸族に優しい環境である。

掃除が行き届いた部屋の中はいつも清潔で綺麗だし、リビングのソファも寝室のベッドも実に居心地が良い。
与えられた自分用の部屋なんて、前に住んでいたところより広い。
お陰で荷物を運びこんでもまだ余裕があった。

そして、何より、食事が美味しい。

一応家事は分担ということになっているが、日中家にいることが多い赤屍さんが主にやってくれている。
食事の支度もその一つだ。

赤屍さんの作る料理はどれも美味しい。
器用な人なので、レシピを一度見ただけで完璧に作れてしまう。
凄い才能だ。

この器用な指先で、かつては外科医として大勢の人々を救っていたのだろう。
それが今では…。
そうなった過去を思うと胸が苦しくなる。

「今は貴女がいて下さるから幸せですよ」

そう赤屍さんが微笑んでくれるから、私もそれだけで幸せな気持ちになれるのだ。

美味しいご飯を食べて、広い浴室でゆっくりお風呂に入って、大きなベッドで眠る。
──時々、朝方まで眠らせてもらえない時もあるけど。
とても幸せな生活だと思う。


「なんだ、ノロケか」

ブルマンを飲んでいた蛮ちゃんが「ケッ!」と吐き捨てる。

「こっちは未だに車上生活だってのに、いいご身分だよなぁ?」

「それは蛮ちゃんが競馬に有り金突っ込んじゃったからでしょ」

「どうしてそれを…!」

「銀ちゃん泣いてたよ。またグーなロフトが遠のいちゃったって」

「銀次の奴…」

ブルマンのカップ片手に舌打ちする蛮ちゃんはカッコいい。
強くていい男なのに、ギャンブル癖のせいで幸せから遠ざかっている気がする。

「余計なお世話だ」

「いたっ」

でこぴんされてしまった。

「私、何も言ってないよ?」

「バーカ、この蛮様には全てお見通しなんだよ」

「はあ…仕事も出来るし、面倒見もいいのに、なんで蛮ちゃんは幸せになれないんだろう」

「犯すぞ」

「そうなると、美堂くんには死んで頂くことになりますね」

怜悧な声が聞こえて、私達は揃って声の主を見た。

赤屍さんだ。
赤屍さんがいつの間にか喫茶店の店内に入って来ていた。

「いけない人ですね。家で待っているように言ったでしょう」

「ごめんなさい」

私は素直に謝った。

「久しぶりにマスターのコーヒーが飲みたくなっちゃって」

「それで、美堂くんと楽しそうにお喋りしていたわけですか」

名指しされた蛮ちゃんは「やんのかコラ」と身構えたが、赤屍さんは私だけを見ていた。

「私以外の男など必要ないでしょう?」


赤屍さんのマンションに移り住んで約1ヶ月。
予想以上の快適さに驚くと同時に戸惑っている。

同居人はヤンデレだった。


  戻る  
1/1
- ナノ -