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3月14日
朝から雨が降り続け、大荒れだった天候もようやく落ち着いてきた頃、その男はやって来た。

運び屋の赤屍蔵人。

「お迎えにあがりました、聖羅さん」

「えっ、えっ?」

「もう仕事は終わりでしょう。送って行きますよ」

雨が落ち着いている今の内に。
そんな事を言うので、仕方なく帰り支度をして赤屍と一緒に職場を出た。
車に乗せられ、ドアが閉まると、今頃になってどうしようもない恐怖心が喉元からせりあがってきたが、もう逃げられない。

車はすぐに動き出し、夜の街を走っていく。

「バレンタインは有難うございました」

「えっ」

「チョコレートですよ。下さったでしょう」

「え、あ、はい」

「とても嬉しかったですよ。これはそのお返しです」

そう言って、細長い箱が二つ入った紙袋を渡される。
義理チョコだったので何だか申し訳ない。

「開けてみて下さい」

「はい…」

促されて包装紙を取り箱を開けると、有名店のホワイトチョコの詰め合わせだった。

「わあ、ありがとうございます」

「もう一つのほうもどうぞ」

言われて、もう一つの箱を開ける。
こちらの中身は、ピジョンブラッドだろうか、赤い石の嵌まったネックレスだった。

「私の気持ちです」

「そんな…こんなに高そうなもの頂けません」

「貴女に受け取って頂けないのなら捨ててしまいますよ」

「うう…」

本当に窓から投げ捨てない勢いだったので、仕方なく箱を紙袋に戻し、膝の上に抱えた。

「好きです、聖羅さん」

「えっ」

「愛しています」

「ひえっ!?」

「私のものになって下さい」

ぶんぶんと必死に首を横に振る。
もう涙目だ。

「私のものになって頂けないのであれば、そうですね、まずは知り合いから順番にコマギレにしていきましょうか」

「ひ、卑怯です!」

「卑怯で結構。貴女を手に入れるためなら手段は選びません」

「選んで下さい!」

「選びません」

どんな顔をしてそんな事を言うのかと見てみれば、ひどく愉しげな笑みを浮かべていてゾッとした。
彼はこの状況を楽しんでいるのだ。

「私のものになって頂けますよね?」

「うっ…」

「なって下さいますよね?」

「ううっ…」

「お返事を頂けないと、永遠に家に帰れなくなりますよ」

「なります!」

「有難うございます。嬉しいですよ。とても…ね」

クスクスと機嫌良さそうな笑い声が耳に届く。

「しかし、案外呆気なかったですね。もう少し抵抗されるかと思っていました」

「ひ、ひどい!」

「ええ、私は酷い男です。それでも貴女を愛している気持ちは本物ですよ」

「信じられません!」

「安心して下さい。これからじっくりと思い知らせてあげますよ。じっくり、たっぷり、ねっとりとね…」

「だ、誰か…」

「誰も来ませんよ」

とんでもない男に捕まってしまった。
うまく丸めこまれたとも言うが。

顔を覆ってしくしく泣き始めた聖羅の横で、男はそれはそれは楽しそうに笑っていた。


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