「バレンタイン?」 注文された淹れたての紅茶をテーブルに置きながら聞き返すと、赤屍さんはそうですと続けた。 この雪で、しかもこれから夜半にかけてひどくなるというのに、いつもの黒尽くめの格好で平気なんだろうかと考えていたので、突然ふられた話題に首を傾げるしかない。 「もうすぐでしょう」 「そういえば来週末ですね」 紅茶を運んできたトレイを胸に頷く。 今年のバレンタインは土曜日なのだ。 恋人達にとってはちょうど良い日程なんじゃないだろうか。 お泊まりデート出来るし。 「貴女は誰かに渡すのですか?」 「お世話になってるマスターと、夏実ちゃん達と友チョコを交換する予定です。あと蛮ちゃんと銀ちゃんと…」 「そうですか」 赤屍さんはメスを出した。 「も、もちろん、常連さんの赤屍さんにもご用意しますよ!」 「有り難うございます。嬉しいですよ」 赤屍さんはメスをしまった。 その手の平どうなってるの…。 「せっかくの週末バレンタインですから、うちにお泊まりしませんか」 「ちょっと何言ってるかわかりません」 「貴女からのチョコレートを食べるのと同時に、一緒に貴女も頂こうかと」 「そういうことは他の女の人に言って下さい」 「他の女性に興味はありません。貴女だから欲しいのですよ」 「嘘だあ!私聞きましたよヘヴンさんに。赤屍さん、男女の情がわからないみたいなこと言ったらしいじゃないですか。この世に男と女がいるのは遺伝子をシャッフルするため、なんでしょう?」 「今まではそうでした。ですが、貴女に出逢って私の中に初めてある感情が目覚めたのですよ。誰かを愛しく想うという感情が、ね…」 「こ、紅茶が冷めちゃいますよ!」 赤屍さんはメスを出した。 「私も赤屍さんのこと大好きです!」 「そうですか」 語尾にハートマークがつきそうな声音で言って赤屍さんはメスをしまった。 「というわけで、お泊まりデートを」 「しません!」 カウンターの中でマスターがやれやれといった風に新聞を広げた。 赤屍さんはまたメスを出し入れしている。 「お泊まり…してくれますよね?聖羅さん」 「し、しません!」 私は急いでカウンターの中に逃げ込んだ。 赤屍さんがじーっと見つめてくる。 怖い。怖すぎる。 私は泣きたくなった。 バレンタインなんて無くなってしまえ。 |