赤屍さんが帰って来たのは休み明けの月曜日のことだった。 それまでやきもきしながら待ちわびていた私は、お隣のドアが開閉する音を聞きつけるとすぐに駆け出した。 赤屍さんの部屋の前に立ち、インターフォンを押す。 少ししてドアが開いた。 「お帰りなさい、赤屍さん。あのっ」 言いかけて、言葉が詰まる。 いつも服装に乱れのない赤屍さんの黒いコートが無惨に破れている。それも何ヵ所も。 生地が黒いからよくよく見なければわからないが、破れている辺りが血で汚れていた。 まるでさっきまで流血していたみたいに。 「だ、大丈夫ですか?怪我はっ?」 「大丈夫ですよ。心配いりません」 そう言いながら、赤屍さんはさりげない仕草で脇腹を手で押さえた。 ハッとそこを見ると、まだ新しいとおぼしき傷口がぱっくりと口を開いて血を溢れさせていた。 「きゅ、救急車!病院に!」 慌ててスマホを取りに戻ろうとした腕を掴まれ、引き戻される。 「大丈夫だと言ったでしょう」 「でも、凄く血が出て…!」 ──ぐじゅ そんな微かな音が聞こえた気がして傷口を見れば、ぐじゅるるっと音を立てて傷口が塞がっていくところだった。 「ひっ!?」 「だから言ったでしょう。大丈夫だと」 「あ…赤屍さん…」 「私が恐ろしいですか?」 私は少し迷って頷いた。 正直、得体の知れない恐怖を感じていた。 早くここから逃げなければならない。 本能はそう命じているのに足が動かない。 「私は運び屋をしていましてね、今日は仕事で愉しい相手と渡り合ったもので、この有り様です」 まるで調子に乗ってはしゃぎすぎてしまったみたいな言い方だ。 赤屍さんは薄く微笑んでいた。 やっと金縛りが解けて、一歩後退る。 「仕方ありませんね……」 「あ…あの…」 「本当は、もう少し気持ちが固まってくれるのを待つつもりでいたのですが」 「私、もう帰らないと…」 「そもそもここへ来た目的は半分果たせたようなものですから、まあよしとしましょうか」 「も、目的?」 聞いてはいけない。 頭の中で警鐘が鳴り響いていた。 「貴女ですよ。一目見て、貴女に心を奪われた。ですから、邪魔な隣人を排除し、私はここへ──貴女の隣の部屋にやって来た」 「ひ……!」 緩やかに抱きしめられる。 優しい抱擁。 でも、今は。 「おっと、お静かに。夜に騒いではいけませんよ」 助けを求めようとした瞬間、口を塞がれる。 片手で私の口を塞ぎ、もう片手で私を捕まえたまま、赤屍さんは笑った。 「ここでの生活もなかなか愉しめましたが、これからはもっと愉しめるでしょう。何しろ、隣人から同居人になるのですから…ね」 震えることしか出来ない私の耳元に赤屍さんがささやく。 「さあ、一緒に帰りましょう」 どこへ、と尋ねる暇は与えて貰えなかった。 「愛しています、聖羅さん」 |