用事を終えたはずの赤屍さんは何故か私に近づいてくる。 壁に張り付いて震える私を見てクス…と笑った運び屋は、私の前に優雅に片膝をついて、そっと何かを差し出した。 「これは貴女の分です」 「わ…私に…?」 「ええ。お口に合えば良いのですが」 綺麗にラッピングされたそれは巻き寿司には見えない。 おずおずと包みを開くと、ふわっとフルーツの甘い香りが漂い出た。 「…ロールケーキ?」 「甘い物のほうが良いと思いまして」 なるほど。 巻き寿司ではなく、色々な食べ物が『変わり恵方巻き』として流行っているそうだから、これもそうなのだろう。 「有り難うございます。えっと、今年は北北西を向いて食べればいいんですよね?」 「そのようですね」 赤屍さんは相変わらず私の前に片膝をついたままだ。 どうやら食べるまで逃してくれそうにないと判断した私は、マスターが「北北西はあっちだぞ」と教えてくれたので、そちらを向いてロールケーキにかぶりついた。 「……クス」 もぐもぐもぐと無言で食べている私を、赤屍さんは微笑みながらじっと見守っている。 …何か調子が狂うなぁ。 その微笑みが優しそうに見えるなんて。 銀ちゃんはと言えば、二本目の巻き寿司を食べ終わるところだった。 あれはたぶん蛮くんの分だと思うから、後で酷い目に遭わされるのは間違いない。 「あの…」 「何でしょう」 「さっきは、豆をぶつけてしまってごめんなさい…」 「構いませんよ。痛くも痒くもありませんでしたから」 すっと伸びて来た指先に、一瞬ビクリとしたものの、私は逃げずに踏みとどまった。 長くてしなやかな指が私の唇を撫でて、端についていた生クリームを拭い取る。 「美味しかったですか?」 「はい」 「それは良かった」 赤屍さんの後ろに見えるマスターが何とも言えない表情で見ていることに気が付いた。 これは別に餌付けされてるわけじゃない。断じて違う。 たぶんさっきのロールケーキに何かが入っていたのだ。 「今度は美味しいケーキなどいかがでしょう?ご馳走しますよ」 だから、うっかり頷いてしまったのもそのせいに違いなかった。 |