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踏み越えるのが強さならば、あえて踏み止まるのも強さだ。

赤屍は意味深に笑っている。

「それは残念。積極的な貴女が見られるのではないかと期待していたのですけれど…ね」

「あ、ほ、ほら、料理来ましたよ!」

危ないところで料理が到着した。
救われた気分になりながらアンティパストの皿に手を伸ばす。
いわゆる前菜なので軽めの品だが、量があるので二人で分け合うことにした。

続けてやって来た、メインとなるパスタ。
こちらは二人それぞれに一皿ずつなので、全体としてはちょうど良い腹具合になった。

「ドルチェは入りそうですか?」

「余裕でいけそうです」

純白のナフキンで優雅に口元を拭く赤屍の前で、聖羅は力強く請け合った。
むしろこれからがメインの勢いだった。

食べ終わった皿が片付けられ、注文していたドルチェが代わりにテーブルに置かれる。
綺麗に飾り付けられた小さなケーキやジェラートが幾つも乗せられた皿は、見ているだけで幸せな気持ちになれそうだ。

「赤屍さんも一つ食べますか?」

「いいえ。私は結構ですよ。貴女の楽しみを奪っては申し訳ないですからね」

コーヒーカップを片手に赤屍が笑う。
なんとなく紅茶のイメージがある彼だが、コーヒーも飲む姿も様になっていて素敵だ。

聖羅はドルチェを食べながら、赤屍はコーヒーを飲みながら、色々な話をした。
こうしていると、仕事の疲れや嫌なことなど忘れ去ってしまう。

考えてみれば、誰もが恐れる最強最悪の運び屋に癒されるというのも不思議な話だが、やはりそこは愛があるからだろう。
時々怖く感じることもあるけれど、彼が自分に向けてくれる深い愛情が分からないほど鈍感ではない。

「赤屍さん、大好きです」

「ええ。私も愛していますよ、聖羅さん」

さらりと言って、赤屍が微笑む。
もう帰らなければならないのが残念で仕方がない。

電話をしてきます、と立ち上がった赤屍を思わず縋るような目で見てしまう。

「甘えん坊ですね、貴女は」

くすっと笑った赤屍に優しく頭を撫でられた。
いつもの白い手袋はない。素肌の感触が気持ちいい。

「また週末にお逢いするのを楽しみにお待ちしていますよ」


そのときには、きっと彼の腕の中でどろどろに蕩けさせられてしまうのだろうけど、今はそれが待ち遠しくもあった。
胸とお腹のあたりが切なく疼くのも、全部この甘くて怖い男のせいだ。


ちなみに代行運転を頼んだ相手はやっぱり馬車だった。


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