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「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、赤屍様。お席にご案内致します」

店内に入ってすぐに名前を告げると、予約しておいたこともあり、スムーズに席へ案内された。

夜は本格的なイタリアン、そしてランチタイムにはワンコインでランチが食べられるとあって、若い女性を中心に人気がある店だ。
光量を抑えた間接照明で照らされる店内は、とても落ち着いていて雰囲気も良い。
いつも一杯のイメージがあるが、雨のせいか、客はまばらだった。

案内されたのは、閉塞感を感じさせない造りの個室。
プライベートな話も出来そうな親密な空間に、ほんの少し安堵しつつ椅子に腰を下ろした。
別に人見知りをするわけではないけれど、赤屍と二人でいると女性の視線が痛いのも事実だ。
それに、仕事の後に他人の目や気配を気にせず恋人とゆっくり食事を楽しめるというのはやはり嬉しい。

オレンジ色の明かりを受けて、赤屍の手がメニューを開いた。
聖羅もそれに倣って自分のメニューを開く。

「何にしましょうか」

「赤屍さんは?」

「そうですねぇ…春らしく、春野菜のパスタにするのも良いかもしれませんね」

「あ、これですね。美味しそう」

「ドルチェも頼むでしょう? ワインはどうします?」

「お酒かあ…明日も仕事あるけど、ちょっとだけなら平気ですよね」

「もし酔ってしまっても、私が責任を持って介抱しますよ。私の部屋で」

「それ、お泊まり明日欠勤フラグじゃないですか! ダメです!」

「クス…」

「クスじゃないです! ダメですからねっ!」

結局、アルコールはグラス一杯ということで決まった。
帰りはたぶん代行運転を頼むのだろう。
馬車さんとか馬車さんとか馬車さんとかに。
聖羅はそう考えて納得した。

というか、この男が酔ったところを見たことがない。

「赤屍さんてお酒強いですよね」

「そうですか?」

注文を終えた赤屍にそう言えば、微笑が返ってきた。

「あまり意識したことはありませんが、確かにそうかもしれませんね」

「やっぱりイメージ出来ないから…とか?」

「いえ、体質なのでしょう。昔からそうですから」

──“昔”。

ちょっと心臓にクる言葉だ。
たぶん彼の言う“昔”とは、『医は仁術』と信じて医師をしていた頃のことなのだろう。
その頃にとても辛い体験をしたのだということだけはなんとなく想像がつく。
それは不用意に踏み込めない、赤屍の『闇の底』の部分だ。

「赤屍さんが酔ったところ、見てみたいな」

微笑んで言えば、赤屍は「おや」と笑った。
酒など飲まなくとも、見ている相手を酩酊させてしまいそうな艶めいた微笑だ。

「私を酔わせてどうするおつもりで?」

「それはもう……」

「もう?」

「……やっぱり後が怖いのでやめておきます」

「何事も踏み越えてしまえば怖いものなどなくなるものですよ、聖羅さん」

「踏みとどまってこそ守れる平和もありますよ」


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