番外編 | ナノ

前編

 




心の準備もままならないまま、


俺は、再びこの地を踏みしめた。


そして、三年前知ることは出来なかった、


父と弟の決戦の日を知ることになる。


そして、俺の武器。


久し振りに手にしたそれは、


思っていたよりも重く感じたけれど、


その重さが逆に懐かしかった。










帰郷 ―前編―










カイのここ最近の日課は、訓練場が開いている時間を見計らって武器の訓練をすることだった。
この戦争が終わるまで、そんなに長い時間があるわけではない。
タギを見付けた今、三年前は何も出来なかったのだから、せめて少しでもイリヤの手伝いが出来ればと思ってのことだった。
とはいえ、自分の得意とする獲物は手元にはない。
あるのはテッドから渡された弓だけ。
武家の息子として生まれたおかげか、ある程度武器は一通り習っている。
後はいかにそれを自在に扱えるようになるかだ。


今日も訓練を終えたカイは一度部屋に戻って武器を置こうと、ホールに向かって歩いていた。


「あ、テッドさ〜んっ!」


自分を呼ぶ声に顔を上げれば、約束の石版がある場所にルック以外の姿が見える。
それが誰かを理解すると、カイはおや、という表情をした。
それから、彼らの元へと距離を一気に詰める。


「イリヤ。ルックのトコにいるってコトは、またシュウから逃げてきたのか?」


いつもなら軍師と一緒に書類に追われている時間だ。
そんな時間にルックの隣にいるということは、考えられるのは一つしかなかった。


「そんなわけないじゃないですか!今日はちゃんとノルマを終わらせたんですよ〜」


ぷく、と頬を膨らませて拗ねるその姿は年相応の少年。
こんな少年が軍主という肩書きを背負わなくてはならない事実に、カイの胸は痛んだ。


「たかが一日真面目に働いたくらいで威張ることじゃないと思うけどね」
「だったらルックが僕の仕事してみる?」
「冗談、それは僕のやるべきことじゃないよ」
「僕の苦労も知らないで……」
「苦労?君の場合、自業自得だろ」
「ルック、それは流石の僕でも傷つくよ」
「勝手に傷ついてれば?」


カイが一人物思いに耽っていれば、目の前でイリヤとルックが口論を始め出し、その様子を見て思わず苦笑してしまう。
相変わらず恐れを知らないイリヤだ。
だが、そのまま続けられてしまうとこちらとしても困るので、カイは仲裁に入った。


「あ〜、とりあえず二人とも落ち付けって。んで?イリヤは俺に用があったのか?」


話を逸らすように話題を持ちかければ、イリヤはぽんっ、と手を叩いてカイの方を向き直った。


「そうだった。テッドさん、キニスンから聞いたんだけど、弓の扱いにもかなり慣れてきて、実戦で使えるくらいになったんだってね」


その言葉に、カイは頬を小さく掻いた。
現在カイはテッドから渡された弓を使って訓練をしている。
同盟軍にも鍛冶屋はあるのだから、そこで自分の武器を作ってもらえば早いのだろう──事実、何人かにもそう言われた──
だが、未だグレッグミンスターに自分の武器がある事を思えば、どうしても新しく作ることは出来なかった。


「俺からすればまだまだ未熟だと思うんだけどな」
「謙遜しちゃって〜。でね、マクドールさんがグレッグミンスターに帰ってるのは知ってるでしょう?」
「あぁ、何か用があるって言ってたな」
「そう、それが今日終わるらしいんだよね」
「……どこから情報を仕入れてきたんだか」
「ルック、うるさいよ」


カイに話をしながら、話の腰を折るルックにツッコミを入れるのも忘れない。

数日前、和平交渉が失敗に終わってから少し経った頃。
トランの英雄は突然グレッグミンスターに帰ると告げた。
理由を尋ねてもただ微笑んで野暮用としか言わず。
結局、帰省の理由をうやむやにしたままレイクシエル城から姿を消した。


「はいはい。そんで?」


イリヤに話の先を促せば、両手をぎゅっと握り締め嬉々とした目で見つめてくる。
その瞳に、半ば嫌なものを感じながらカイはその後の言葉を待った。


「うん、だからマクドールさんを迎えに行こうと思うんだ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「勝手に行けば?」
「うん、だから今から行くよ?」





……………………………………間。





イリヤの言葉に、カイもルックも理解するのに時間がかかった。


「「………………は?」」


思わず開いた口がふさがらなくなった、とはまさにこのこと。


「悪いけど、もう一度言ってくれる?」


額に手を当てながらルックが問い返せば、


「だ・か・ら、マクドールさんを今から迎えに行くよ?」


にこにこと笑顔で同じ言葉を繰り返すイリヤ。
その二人の様子を見て、カイも頭を抱えてうずくまりたくなった。


「何でそこに話が飛ぶのかわからないんだけど?」
「ふっふっふ、明日はシュウから休みをもぎ取ったから、グレックミンスターに行って一日マクドールさんと遊ぶんだ〜」


ルックの、明らかに怒気を孕んでいる口調にも負けず、イリヤは嬉しそうに告げる。
それを聞いて、ルックは深く溜め息を吐いた。


「やっぱりバカだね。僕は行かないよ」
「え〜!」
「早朝ってことは、朝っぱらから峠越えするってことだろ。そんな疲れることはしない主義なんだよ」
「……マクドールさんちの書斎の本が読み放題でも?」


腕を組んで同行を拒否すれば、イリヤは何か思案するように俯いてからボソリと呟いた。
それを聞いた瞬間、ピクリ、とルックの肩が動いたのをカイは見逃さなかった。
知的探求心のあるルックの部屋は、本で埋め尽くされている。
本棚に収まりきらなかった本は、部屋の隅の方へ積み上げられ、その内本に潰されるんじゃ無かろうかと思うくらいだ。
一度ルックにそれを言ったら、同盟軍の部屋は小さすぎるらしく、既にいくつかは魔術師の塔にある自室に持ち帰ったとか。
それを思えばマクドール邸にある書斎は、ルックを吊る格好の餌だろう。


「……仕方ないね。いっとくけど、僕は峠越えはゴメンだからね」
「やった〜。ルック確保♪テッドさんは……ダメですか?」


渋々といった感じで──けれどその目は輝いている──ルックが同行を決めると、イリヤは次にカイを見た。
うるうると捨て犬のような瞳をじっとカイへ向け、懇願するように尋ねてくる。


「え、俺……?」


思わず思考が止まる。
まさか自分も誘われるとは思ってもみなかった。
いや、この場の流れでは誘われて当然なのだろうが。


「だって、テッドさんってここに来てからどこにも出てないし、弓の腕も上がってきたならそろそろ実戦経験もあった方がいいと思うんですけど」


イリヤの言うことはもっともだった。
カイがレイクシエル城に来てからは、タギと再会するためにどこにも行こうとはしなかった。
それに、戻ってきたばかりの自分の腕では、どこにも行けないこともわかっていた。
せめてもう少し訓練を積んでおかないことには、イリヤに付いていっても足手まといになるのは目に見えていたのだ。
確かに今は前よりも腕は上達してきたし、そろそろ実戦にも参加してみたいと思っていた。
だが、行き先に問題があった。


「グレッグミンスター……」
「行ってみたら?久し振りなんでしょ」
「でも……」


勧めるルックに、思わず口ごもる。
自分がグレッグミンスターに帰れるのは全てが終わってからだと勝手に決めつけていた。
タギが自分のことを思い出して、自分もテッドという偽名ではなく、カイ・マクドールとちゃんと名乗れるようになってからだと。
それまでは、彼の地へ行くことは出来ないだろうと。
だから、イリヤに同行してタギをグレッグミンスターに迎えに行くかもしれないということは、露程も頭になかった。
それは、ゲーム中なら一つのイベントが終わる度にグレッグミンスターに帰るはず坊ちゃんが、どうしてだかずっと同盟軍に居座っているせいだろう。
それに加え、今回タギがグレッグミンスターに帰る際、野暮用が終わったら戻ると告げたことも一因である。

プレイヤーとしては、坊ちゃんが同盟軍に居座るということは非情に喜ばしいことだ。
なにせビッキーのテレポートではバナーの村までしか行けず、そこからグレッグミンスターまではモンスター退治をしながら進まなくてはならない。
例え坊ちゃんを仲間にしても、瞬きの手鏡が使えるのはバナーの村を出てからなので、結局モンスター退治をすることに変わりはない。

ゲームと現実では違う部分もあるのだろうと思ってはいたが、あまりの違いにカイは驚くばかりである。


「?グレックミンスターに行ったことがあるんですか?」


いつまでも渋っているカイにイリヤが首を傾げる。


「や、あるっていうか……」
「グレッグミンスターはこいつの故郷だよ」
「ええええっ?!そうなんですか?だったら尚更テッドさんも一緒にっ!」


更に口ごもるカイに、ルックがサラリと言ってのけた。
それに軽く睨み付けてもルックは視線を逸らすばかり。
逆に知らされた事実に驚いたイリヤが、カイの両手を握り締め有無を言わせぬような瞳で見上げてくる。


「いや、ホラ。俺弱いし」
「大丈夫です!行きと帰りはルックのテレポート使うし」


何とか理由を付けて断ろうとしても、ぽんぽんと返されてしまうと逆に返す言葉が見つからない。


「何でそうなるわけ?」
「だって、ルックが峠越え嫌だって言うならテレポートしかないじゃない」
「キミは峠を越えればいいだろ」
「嫌。ルックだけ楽するなんてズルイじゃん」
「切り裂くよ?」


右手を掲げ、いつでも紋章が発動できるように準備をするルックに、イリヤはにっと口端を斜めに持ち上げた。


「施設破損したら修繕費はルックが出してね」


その言葉に、ルックは掲げた右手でそのまま頭を抱えた。


「……全く、変なことばっかりアイツから覚えるんだから」
「へへっ」


かくして、ひょんな事からカイがグレッグミンスターへ帰郷する羽目になった。









長いのでここで分けます
2006/08/15
2009/05/07 加筆修正


 

 
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