秘密の暗号 1
それはたまたま。
本当に偶然の出来事だった。
ムクムクを腕に抱えたカイが、昼寝をしようと場所探しをしていたらふいに突風が吹いた。
「ぅわっ」
「ムム?」
その風に飛ばされてきたのか、カイの顔面に何かがぶつかる。
カイの声に驚いたムクムクは、抱えられた腕の中から上を見上げた。
そこには、何かが張り付いている。
「何だコレ」
片手で顔に張り付いたそれを取れば、それはノートだった。
中にはビッシリと字が書いてある。
どうやらそれは日記のようだった。
チラリと見えたその先には、やたらと青い人の名前が書いてある。
それだけでこの日記の持ち主が誰かを悟ると、カイはパタンと日記を閉じた。
「あ〜っ!!ちょっと、何見てるのよ〜っ!」
だが閉じる寸前、現れた日記の持ち主である少女に見られていたらしい。
彼女――言わずもがな、ニナなのだが――は「女の子の秘密を勝手に見ないでよねっ!」と一言カイを怒鳴ると、その手にある日記を奪うようにして持ち去っていった。
その場に残されたカイとムクムクは暫く呆然としてその場に立ちすくんでいた。
「あ〜……どうしよっか。ムクムク」
「ム〜?」
ニナが去ってからようやく我に返ったカイは、腕の中にいるムクムクを覗き込んだ。
昼寝をしようと外に出たはずなのに、突風とニナの日記によってそのタイミングを逃してしまった感じが否めない。
そして、日記を見て少しだけ思うところがあった。
「今はいいけど、十五年後のこと何ていつまでも覚えてられないよなぁ」
レックナートに記憶を戻してもらったとき、何故か知らないが未来の事を覚えたままだった。
同盟軍に参加している今はその記憶は大いに役立つ。
だがしかし、十五年後に起こる事に関しては、はっきりと覚えていられる自信はない。
実際、自分がその場に行くとも限らないが、ルックの命に関わることである。
救うことができる命を、むざむざと見捨てるのも後味が悪い。
「仕方ないな。ムクムク、昼寝は中止!」
「ムム〜!」
ムクムクにそう告げると、カイは日記帳を求めに道具屋へと走っていった。
無事に道具屋で日記帳とペンを買うと、カイは自分が覚えている限りのことを書き出すことにした。
旧炎の運び手のことや、真の紋章のこと。
宿星やそれにまつわる人々。
そして、破壊者一行のこと。
書き始めると次から次へと書いておかなければならない事があって、次第にそれは覚え書きと言っても過言ではないものになった。
一段落付いたところで休憩のためにペンを置けば、いつの間にかムクムクはいなくなっていた。
それを少しだけ残念に思いながら伸びをすると、視線の先に見覚えのある姿が見えた。
「イリヤ、ナナミ!」
「あ、テッドさんだ」
「何してるんですか?日記?」
二人を呼べば、ぱたぱたと小走りでカイの側へとやってくる。
そこにあった日記帳を見つけたイリヤが首を傾げて聞いてくる。
ナナミもイリヤにつられるように日記を見るが、何故かそのまま固まっている。
よく見れば、先に尋ねたはずのイリヤも日記を凝視して固まったままだ。
そういえば、書いたままのページで置いていたんだっけ、と思う反面、どうせ信じてもらえないだろうな、という思いがカイの中にあった。
だが、帰ってきた反応は違うものだった。
「テッドさん!ちょ、ここにいて下さいねっ?ナナミ、ここにルック呼んできて!僕マクドールさん呼んでくるから!」
「うんっ、わかった!」
勢いよく日記から顔を上げたイリヤはナナミにそう告げた。
ナナミも言われたことに素直に頷く。
すると、二人は一目散にその場から走り去っていったのだ。
呆気にとられたカイは、そんなにおかしな事を書いたかな?と改めて日記を見た。
「あ゛……」
そして、ようやく事の重大さに気が付いたのである。
何故なら、その日記に書き込んでいたのは日本語だったのだ。
思えば、言葉は常に使っているから気が付かなかった。
だが、滅多に字を書かない為か、ついつい書いていたのはついこの間までの三年間、慣れ親しんだ日本語だった。
当然、こちらの世界に日本語なんてあるはずがない。
「やっちまった……」
はぁ〜、と盛大に溜め息を吐いて、カイは思わず頭を抱えた。
先程のイリヤとナナミの会話からすれば、まもなくこの場にタギとルックがやってくるだろう。
あの二人に日本語のことをどうやって説明したものか。
馬鹿正直に説明したところで納得してもらえるとは思えないし、それ以前に説明が面倒くさい。
しかも、下手をすれば正体がばれる可能性もあるという、ハイリスク。
「ど〜すっかなぁ」
四人がこの場に来るまであと少し。
カイは、都合のいい言い訳を考えるのに必死だった。
お ま け
「ねっ、ねっ、これって何て読むの?」
「この字はシンダル文字とも違うよね」
「ていうか、こんな字は僕も初めて見るんだけど?」
「テッドさん、これってどこの字なんですか?」
「あ〜っ!コレは、秘密の暗号なのっ。だから、ノーコメントッ!」
拍手御礼
2006/09/16〜2006/09/15迄