番外編 | ナノ


 




カイは参っていた。
なぜなら、先日ついうっかりと日本語を使ってしまったからだ。



十五年後に起きる悲劇を回避するために、自分が覚えている限りの情報を日記帳に書き留めておく。



その発想自体はよかった。
けれど、何がまずかったかといえば、この世界で使われている文字ではなく、三年間慣れ親しんでいた日本語を使ってしまったこと。
書いている本人としては、何一つおかしなことではなかった。
けれど、始めてその文字を見る人たちがほとんどのこの世界。
本来ならもう少し気を付けておかなければならなかったのに。

よりにもよって、見てしまったのが同盟軍の軍主とその姉である。

これが一番の原因だった、とカイは頭を悩ませていた。
そのときは『秘密の暗号』と言って誤魔化したが、トランの英雄であるタギやルックは当然の如く誤魔化されてくれなかった。
最近は、隙あらばカイに日本語について聞き出そうとしているくらいだ。


「これが十八年前じゃなかっただけマシだよな……」


ぼんやりとそんなことを思う。
十八年前と言ったら、ファレナで内乱があった年だ。
もし仮にここが当時の本拠地だったらと考えると、ゾッとする。
それでなくとも、あそこにはシンダルの遺跡を調査していたツヴァイクとローレライがいたのだ。
きっと追求は今の比ではないだろう。


「だからと言って、いつまでもこのままじゃいけないよなぁ」


ぐったりと肩を下ろしながら、重い溜息を一つ。
あれ以来、追求されるのが嫌になったカイは、日記帳を肌身離さず持っている。
誰にも読めるわけがないとわかっているのだが、どうしても部屋に置いておく気にはなれなかったのだ。


「なんたって、ルックのことだしなー」
「僕がどうしたって?」
「あぁ、それがさ……って、え?」


不意に聞こえてきた声に思わず返事を返したカイは、その声の主に気付いて思わず固まった。
ギギギッ、と錆び付いたロボットのように首を動かせば、いつの間に来たのか、そこにはルックの姿があった。


「……ルックサン。ここ、木の上ですけど?」
「それがどうかしたわけ?」


誰にも会わないように、と木の上に隠れていたというのに。
どうして彼がここにいるのだろうか。
しかも、ルックの口ぶりから察するに、ここへは転移魔法でも使ったのだろう。
魔力の「ま」の字も持ち合わせない自分は、ルックが来ることすら感知出来なかったらしい。
カイはそのまま木の幹に縋り付いて泣きたくなった。


「全く、僕の手を煩わせないでよね。ほら、行くよ」
「ちょっ、行くってどこにっ」


ぐい、と手首を掴まれれば、カイはルックと共にその場から消え去った。















背中を冷たい汗が流れていく。
いっそのこと、ここで意識を失えたらどれだけ楽だろうか。
現在カイは、シュウの目の前に立っていた。
少し離れたところにはタギとイリヤの姿も見えるから、きっとみんながみんなグルなのだろうと考える。
そして、一般人に近い自分が、軍師の部屋まで呼ばれた理由といえば一つ。


「イリヤ殿、本当に彼がそれを知っていると?」
「だって、僕だけじゃなくてマクドールさんやルックも知らなかったんだよ?絶対に役に立つってば!」


不審そうにカイを見るシュウに、イリヤが拳をふるって熱弁している。
どうやらこの状況を作ったのはイリヤらしい。
大方、カイの知っている日本語を使えば、ハイランドにバレずに情報をやりとりできるとでも考えたか。


「しかし、私にはどうしても理解できん。カイと言ったな。お前、どこでそんな文字を覚えた」


怒られているわけでもないのに、どうしても身体が竦んでしまうのは、シュウが見下すように話しているせいだろうか。
だがしかし、ここで本当のことを言っても納得してもらえるとは思えない。


「いろいろと旅してれば、覚えることはたくさんあるさ」
「だが、聞いたところに寄るとシンダル文字とも違うようだが……」
「俺が使ったのは、名もない小さな村で使われてた民族文字だからな。知らなくて当然だろ」


物を考えながら何かを言うという行為は、思っていた以上に難しい。
おかしなことを言っていないだろうか。
噛んだりしていないだろうかと、考えながら、シュウの顔色を窺う。


「ね、シュウ。いいでしょ?」


駄目押しのようにイリヤがシュウに頼み込めば、長い溜息が返事となって返ってくる。


「仕方ないな……確かに、ハイランドも知らないような文字が使えれば、下手に情報が漏れることはないか」
「じゃあ!」
「許可しよう。カイ、お前は午後からでもその文字を主だった軍団長どもに教えてやれ」


その言葉にカイの顔が引きつったのは言うまでもなかった。
せっかく隠していたというのに、自分が教えてしまっては意味がないではないか。


「午後からが楽しみだね」


そう言ってルックが部屋から出て行ったのを見ると、カイは頭を抱えた。
自分が教えるとなったら、きっと彼がやってくる。
イリヤのことだ、タギにも絶対教えるに決まっているのだ。


「…………勘弁して」


その場にしゃがみ込んで頭を抱えたカイが、主だったメンバーに日本語を教えるまで後少し。















お  ま  け


「そうか!平仮名だけを教えればいいんだっ。どうせ漢字なんか理解出来る訳ないんだからっ」


俺ってあったまいー、と指を鳴らしたカイの肩に、ぽんと誰かの手が触れた。


「ね、平仮名とか漢字ってどう違うの?」
「え……あの、タギさん?」
「この期に及んで出し惜しみするつもり?」
「ル、ルックまで……いや、ホラ!とりあえずは簡単な物から、って言うだろ」
「僕たちを誰だと思ってるのさ。そんじょそこらの頭と一緒にしてもらっちゃ困るよ?」
「…………スイマセンデシタ」





拍手御礼
2009/04/13〜2009/06/07迄




 
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