約束の刻 | ナノ
 




天国から地獄へ。


それがどんな物か体験した気分だった。


忘れることでお前が幸せになれるなら――。


そう思ったこともあったけど、でも、できるなら思い出して欲しいんだ。


俺の願いはお前の願いと同じはずだから。


その為に、魔法の言葉を唱えてやるよ。





――親友が使ってた、とっておきの言葉を。










7、一生のお願い










傭兵の二人からグレミオのことを聞こうとして、迂闊にも、その集団がレストランにやってきたことに気が付かなかった。
それだけ、集中していたのかもしれない。



「グレミオは生きてるよ」



気付いたのは、待っていた懐かしい人の声で。
あまりにも突然すぎて、それを耳にした瞬間思わず固まってしまっていた。


「タギ、タギじゃねぇか!久し振りだな!」
「久し振りだな、生きてたんだな」
「当たり前じゃないか。それより、僕に三年も音沙汰無かった、なんて覚悟は出来てるんだよね?」


椅子から立ち上がってかつての英雄に近づく二人をカイはただ見ていることしかできなかった。
会いたいと待っていたはずなのに、いざ本人を目の前にすると動揺している自分がいる。
三年前と変わらない、成長しない体。
わかっていた、頭の中ではちゃんと理解していたのに。


自分が最後に見た姿そのままの彼が目の前にいる。


本当に、真の紋章を──ソウルイーターを継承してしまったのだと、嫌でも納得してしまう瞬間。
この世界のどこを探しても、もうテッドはいないのだ。
ソウルイーターに喰われた彼は、紋章の中で有り続ける。

カイがぼんやりとそんなことを思っている間にも、目の前のスキンシップ(?)はヒートアップしている。


「いやっ、それは勘弁っ!」
「嫌だなぁ、ちょっと地獄を見るだけだって」
「……マクドールさんって、結構過激?」


傭兵二人と英雄のやり取りを見ていた軍主がボソリと呟いた。
けれど、その呟きは誰の耳に留まることもなく、喧噪と共に掻き消されてしまう。


「何呆けてるのさ」


固まったまま目の前の光景を見ているカイに、トレーを持ったルックが嘆息つきながら隣に座る。
それにようやく我に返ると、軽く頭を振って溜め息を吐いた。
そうすることで、ようやく呼吸が出来たような気がする。


「いや、いつか来るのはわかってたんだけどさ、こうも突然だと心の準備がね」
「心の準備?」
「まぁ、俺が探してたのは『トランの英雄』だった、ってことさ」


テーブルに頬杖を付きながらカイが呟いた一言にルックが眉をしかめる。
タギが英雄と呼ばれることを嫌っているのを知っているのだろう。
そして、その呟きを拾ったかのようにカイとルックがいるテーブルに近づいてくるタギ。
フリックとビクトールは何故かボロボロになって床と一体化している。


「初めまして、だよね。僕はタギ・マクドール。君は?」


にっこりと、人当たりの良い微笑みを浮かべながら名乗るタギを、カイはぼんやりと見上げた。
挨拶はしても、握手を求めてこないのはその右手にある紋章のせいか。


「……久し振り、タギ」


小さく呟かれたカイの言葉を耳にすることが出来たのは、隣に座っていたルックだけだった。


「それってどういう……」
「初めまして、トランの英雄殿。俺の名前はテッド、あんたを捜してたんだ」


ルックの言葉を遮るように、悪戯を考えた子供のような笑みを浮かべて名乗ると、テッドという名に驚きながらも、トランの英雄という言葉にタギの顔がしかめられた。
そして、カイの言葉に反応したのはタギだけではなかった。
イリヤもナナミも、驚いたような表情を浮かべている。
それはそうだ。
捜し人がいるとは告げていても、それが誰かまでは教えていなかったのだから。
それがトランの英雄だ、などど誰が思うだろう。


「えっ、テッドさんの捜し人って、マクドールさんだったの?!」
「凄い凄い!まさかこんなところで会えるなんてね」


純粋に驚いている二人に、カイは苦笑を浮かべるしかなかった。
二人は偶然だと思っているようだが、カイからしてみればタギがここへ来るのはわかっていた。
かの英雄、いわば見本をイリヤが放っておけるとは思えない。
ましてや、その強さを見せつけられたのなら。

現在のタギの強さがどれだけなのかはわからないが、経験と実績から考えてもイリヤよりは上。
更に、軍主としての先輩でもある。

犬のような目で見上げられたら、さすがの英雄でも陥落するだろう。


「悪いけど、トランの英雄とは呼ばないでくれるかな。僕にはタギという名がある」
「あれ、お気に召さなかったようで」
「それで、僕を捜していたと言っていたけど……」


立ったまま話を続けようとするタギにカイはとりあえず椅子を勧めた。
どうせこれから昼食ならば、このままここで摂ればいい。
カイの正面にタギが座ると、イリヤとナナミ、シーナもそれぞれ近くの椅子に腰掛ける。
その表情はどれも興味津々といったところか。
唯一、カイの隣にいるルックは妙に神妙な――何かを考えるような――表情を浮かべている。


「俺はさ。タギ、あんたを捜していたんだ」
「理由を、聞いても良いかい?」


逆に問われ、カイは一瞬悩んだ。
どうしてタギを探しているのか。

答えは簡単。

レックナートに言われたからだ。
だが、それを言ったところで納得しては貰えないだろう。
それどころか、ルックから何か言われそうだ。
レックナートが姿を現すのは天魁星の前か、星見の結果を受け取りに行ったとき。

それ以外は、魔術師の塔に隠れたように生活している。


「ん〜……大切な物を取り戻すため、かな」
「大切な物?それに僕が関係あるの?」


しばし悩んだ後に出した答えにも質問されてしまう。
さて、どう答えるべきか。
大切な物を取り戻すために必要なのは、タギの力。
ご丁寧に、わざわざ指名したということは、大切な物はきっと何かしら共通点があるのだろう。


「ある、と俺は信じてる」
「え〜!それってどういうこと??」
「ナ、ナナミ!落ち着いて」


ガタンと椅子をならして立ち上がったナナミを、横からイリヤが必死で宥める。
一方、タギの方は何かを思案するように顎に手を当てていた。
大切な物を頭の中に描いているのだろうが、それが何なのかはカイにもわからないのだ。
二人に共通しているとなると、少なくとも三年は前。


「でもさ、俺が捜してるのはあんたであってあんたじゃないんだな、これが」
「どういう意味だい?」


ここからが、本番。
レックナートに言われたことを、出来るだけ自分の言葉で伝える。
もちろん、タギの記憶を引き出すためには、コチラも手の内を少し見せてやる必要がある。
小さく息を吸って、かつての口調を思い出す。
今の自分とは違う、少しタギと似たような口調を。


「……僕は、タギを知っている。トランの英雄タギ・マクドールではなく、テオ将軍の息子のタギ・マクドールを。でも、悲しいことにタギは僕のことを忘れているみたいだからね。そういう意味で、僕が捜しているのは僕を知っているタギなんだよ」


口調を改め纏う雰囲気を変えると、そこにいるのはテッドと名乗るカイではなく、三年前までは確かにタギと共に同じ時間を過ごしてきたカイ・マクドールになる。
だが、悲しいことにそれに気付く者はいない。
ただ、途端に口調と雰囲気が変わったカイに驚いている。
面白い顔が見れた、と思うと同時に、改まった口調は懐かしすぎて背中がむず痒くなりそうだった。





「えっと……ごめん、ちょっと思い出せないんだけど何処かで会ってるかな?」





首を傾げながら言うタギに、胸が締め付けられる思いがした。
レックナートから、タギが自分のことを忘れていると言われてから、少なからず覚悟はしていた。
していたけれど、目の前にたたきつけられた現実に、やはりショックを受ける自分がいたのもまた事実。


それほどまでに三年という月日は長かったか。
戦争がもたらした悲劇は、こういうところにも影響を及ぼすのか。


落胆の溜息を吐きながら、それでもタギを見る。


「タギが俺を忘れたのは仕方ない事だと思う。だから思い出して欲しいんだ、俺のこと」


小さく肩を竦め、半ば諦めにも似た表情を浮かべながらカイは望みを口にした。
残された時間は長いようで短い。
それを逃してしまったら、きっと自分はこの世界へ戻ってきた理由すら見失いそうだ。


「この戦いが終わるまで、それまでに俺を思い出して。俺の、本当の名を呼んでくれ」
「「「「「本当の名?」」」」」


タギだけじゃなく、イリヤやナナミ、ルックにシーナの声が重なる。
それについては当然だろうな、と思う。
初めて顔を合わせたときから、自分はテッドだと名乗り、本名は誰にも告げていない。


「テッドって名前は俺の名前じゃなくて、親友の名前を借りてるに過ぎないんだ。だから、俺の知ってるタギに俺の名前を呼んで欲しい」
「で、でもこの戦いが終わるまでって、いつ終わるかわからないでしょう?」
「狂皇子ルカ・ブライトを討った今なら、終結までそんなにかからないさ」
「随分と詳しいじゃないか」
「あんた、本当に何者?」


シーナとルックの視線が鋭く光る。
仲間思いだな、と内心思いながら名乗れないことに少しだけ、罪悪感を感じないでもない。

だって、本当なら二人は自分のことを知っている。

ここで名乗れたなら、どれだけ楽になれるかも。

でも、話すことは出来ない。
それを話してしまったら、大切な物はきっと戻ってこないのだ。
それに、タギが名前を聞いて思い出すとも限らない。
思い出してくれるのなら、それこそなりふり構わずに行動しているだろう。

人の記憶はあやふやな物。

もし、タギが自分のことを思い出してくれないのなら、所詮自分はタギにとってその程度の人間でしかなかったのだろう。
一緒に暮らしたのはほんの数年。
わずかに、テッドより少し長いくらいだ。

だからカイはもう一つ、切り札ともヒントとも言える言葉を口にした。










「な、タギ。『一生のお願い』だ」










ぱんっ、と両手を胸の前で合わせながらそう言えば、思った通りタギは固まった。
タギはテッドの『一生のお願い』に弱かった。
もちろん、弱かったのはタギばかりではなく、自分もだが。
だから、多少なりとも何か思い出してくれないかと思って。

テッドの共通の友人、それが血縁以外にタギと自分を繋ぐ絆。

しかしこの様子では逆効果だったかもしれない。
失敗だったか、と小さく舌打ちする。

これ以上は何をやっても無理だろう。
今日の所はこれで諦めるかと、カイはトレーを持って席を立った。


「ああ、そうだ……タギ、お前の兄貴って、元気?」
「え……?」


忘れていると知りながらも、何故か問いかけていた自分がいた。










テッドの『一生のお願い』は幻水の名言の一つ!
2006/06/12
2009/03/17 加筆修正



 
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