約束の刻 | ナノ
 




あいつと会うために、俺がまずやらなきゃいけないこと。



同盟軍に行って、保護してもらう。



そして、名前を変える。



名乗るのは、俺とお前共通の、大切な名前。



なぁ、お前は名前の意味に気付いてくれるかな?










3、接触










「うわぁぁぁぁっ!!!」


有り得ない。


空中を物凄い勢いで落下しているカイは、現在の状況に冷静ではいられなかった。
何しろ突然開かれた世界は青空。
見下ろせば地上にいるモンスターと、数人の人影が確認できた。
そして、現在進行で落下している自分。


(てか、何で俺は空中にいるんだっ!)


落下している最中にカイは内心泣きながらそんなことを考えた。


テッドと別れた後、カイは光が見える方へ進んでいた。
初めは小さかったその光も、カイが近づくにつれ次第に大きくなり、最終的にはカイ自身を飲み込む程の物になった。
その光を通過するとき、確かに感じた懐かしい風。
自分は帰ってきたのだと、心からそう思った。


それなのに。


どうしてかはわからないが、今の現状に至る。

このまま落下すれば、落下地点にいるモンスターにぶつかるのは必須。
ぶつかるだけならまだしも、そのまま攻撃を受けてしまうかもしれない。
もしくは、モンスターがその場から移動するということがあれば、もれなく大地とお友達だ。
最悪の場合、それは死に直結する。
折角戻ってきた自分の住む世界。
すぐさまあの世に旅立ってしまうには、心残りがありすぎる。
カイの武器はテッドから貰った弓があるけれど、今から構えたのでは到底間に合わないのは目に見えている。
かといってナイフで傷を付けるにも、大きなダメージは期待できそうにない。
落下速度を加えて、ダメージを与えたとしても、自分の落下の衝撃の方が何倍もダメージを受けそうだ。
どうしたものか、と考えていると下にいる人たちに動きが見えた。

始めはカイが落ちてきたことに空中を見ていたが、ハッと我に返るとモンスターに攻撃を始めたのだ。
それは、このままカイが落ちたらどうなるかを考えての事かどうかはわからないが。
全身青尽くめの人物と、がっしりとした体格の熊――いや、さすがに熊ではないだろう――が攻撃を仕掛け、それに赤い服を着た少年が止めを刺す。
その出で立ちに、見覚えが無いこともない。


間一髪。


カイが地面に付く前に、戦闘は終わりを迎えたらしい。
けれど、それはクッションになりそうな物がなくなったという事実であり、カイにとっては嬉しくも何ともない事だった。


(ぶつかるっ)


そしていい加減近くなった地面に、衝撃を予想したカイが腕で顔を庇い目を閉じた。
だが、いつまで待ってもその衝撃は訪れない。
いっそのこと、地面に落ちる寸前に自分の心臓がその鼓動を止めたのでは、と思った。
人間は、高いところから落下した場合、地面に到着する前にその心臓を止めるのだという。
けれど、耳に届く心音は、自分が生きているのだと言うことを、リアルに伝えてくる。
恐る恐る目を開けてみれば、自分の下に何か柔らかい物がある。
あれ?と思って確認すれば、自分は熊を下敷きにしていたことに気が付いた。


「あ〜、間に合って良かったぜ」
「本当に、ギリギリだったな」
「ごっ、ごめんなさ〜いっ!」


ゆっくりと周囲を見回せば、カイの側には全身青尽くめの男と黒髪の少女がいた。


「え、と。助けてくれてありがとう?」


未だに良く理解出来ていないカイは、思わず首を傾げた。


「いや、謝るのは俺たちの方だって」
「そうそう、ビッキーがあのときくしゃみなんかするから」
「本当にごめんなさいっ!」


ビッキーと呼ばれた少女がぺこり、と頭が地面に付くんじゃないかと思う程深く頭を下げた。


(ビッキーだって?!)


そう言われてカイは少女を見た。
ビッキーの名前なら知っている。
仮にも自分は幻想水滸伝を全てプレイしていたのだ。
そして、その記憶をレックナートは消していない。
彼女の特徴もわかっているつもりだ。
テレポートにしろ何にしろ、彼女のくしゃみ一つでとんでもない事が起きる。
もし目の前にいる少女が本当にビッキーだというのなら。
それを仮定に、再びカイは周囲を見回した。
全身青尽くめのこの男は青雷のフリックで、自分が今下敷きにしている男が風来坊のビクトール。
そして、トンファーを振ってモンスターの血を払っている、赤い服の少年。

デュナン統一戦争の中心にいる同盟軍軍主。


(喜ぶべきか、否かってとこだな)


ルカが討たれた今ならば、この軍主がどこでトランの英雄を仲間にするか知っている。
カイも、それを知っているから目的地は同盟軍の本拠地にしようと決めていた。
ただ、無事目的地に付けるかどうかはわからなかったが。


「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ。大丈夫、助けてくれてありがとう。おかげで助かったよ」


少年の質問に答えれば、カイは自分が下敷きにしている男に謝罪と礼を言って、地に足を着けた。
三年ぶりに踏みしめた本来の世界。
自分は確かにここにいるんだと実感した。


「いえ、こっちこそすいませんでした。まさかビッキーが間違って人を召還するとは思いませんでしたから」


その言葉を聞いて思わずカイは固まった。
多分、モンスターとの戦闘にビッキーの紋章を使った物の、そこでくしゃみでもしてしまったのだろう。
だから、この世界へ飛び出したばかりの自分がここへ飛ばされた。
カイはそう思うと一人で納得した。
けれど、それは一歩間違えれば危険な物でもある。
今回は双方とも上手く言ったから良い物の、下手をすれば今頃カイの身体がどうなっていたかわからない。
それを考えると、ゾッとした。

けれど、転んでもただでは起きてやらない。
折角手にすることの出来たチャンスだ。
ここで逃したら、いつまた巡り会えるかわかった物じゃない。


「別に怪我があったわけじゃないから気にしないって。それよりさ、頼みがあるんだけど」
「頼み、ですか?」
「うん、そう」


突然そんなことを言い始めたカイに、少年が首を傾げる。
そんな彼を見て、カイは人好きのする笑顔を向けながら言った。





「俺を君んとこに連れてってくんない?」





いっそのこと、回りくどいことは言わずにストレートに。
その瞬間、さっと走った殺気は自分の後ろにいる二人の傭兵からだろう。
もしかしたらハイランドのスパイかと思われたかもしれない。
ビッキーの召還で現れた見知らぬ少年。
素性もわからない人間が、初対面の人物に連れて行ってくれと普通言う物だろうか?
否、ない。
けれど、そんなものをカイが気にするはずもなく。
ただ、少年からの答えを待っていた。


「でも、僕のところって……」
「ああ、知ってるよ。同盟軍だろ?」


言い淀む少年に軽く言ってみせれば、その表情に走るのは緊張か。


「俺さ、人を捜してるんだよね」


その場に流れる緊迫感を壊すかのように話題を逸らせば、何事もなかったかのように空気が柔らかくなる。


「人捜し、ですか?」
「そ、大事なヤツなんだ。占い師に、同盟軍の本拠地に行けば会えるって言われてね。ダメかな?あ、もちろん俺はハイランド側じゃないから」


敵ではないと遠回しに言えば、その場にいる誰もが納得したようだ。
だが、傭兵二人からは未だに警戒を解かない気配も感じる。
それを感じながら更にどう?と相手に問えば、二つ返事で返ってきた。



これで第一関門突破。



傭兵たちの視線は痛いが、内心ほくそ笑む。
と、カイはそういえば、と思い出したように付け加えた。


「俺、非戦闘員だから、そこんとこよろしく」


そう言うと、すぐ後ろから肩を掴まれた。
掴まれた手と位置からしてビクトールだろう。
手加減という物を知らないのか、掴まれた場所がかなり痛い。


「ちょっと待て!お前のその武器はお飾りか?」


武器。
何のことかと振り返り、弓のことを言っているのだとわかり一人納得する。
確かにカイは武器を持っている。
だがそれはあくまで護身用であって、戦闘向きではないのだ。
武官のマクドール家だったから、一般の武器なら一通り教えられた。
けれど、教えられただけで、自分の獲物は別の物。
主に得意とする武器を扱っていれば、それ以外の武器など、たしなみ程度に過ぎない。


「悪いけど、これは預かり物なんだよ。それに、使えてもそんなに上手くなくてさ」


肩を竦めながら言うと、微かに聞こえた舌打ちの音。
同盟軍行くということは必ずしも戦闘に参加するという事ではないのだ。
非戦闘員だって大勢いる。
そして、それをわかっているのだろう傭兵はぐっ、と声を漏らしたきり何も言っては来なかった。


「ま、俺自身の武器があって暫く訓練すれば、戦闘にも参加できるかもしれないけどさ」


そう言った瞬間、少年の顔がパッと輝いた。
この少年もまた、カイが戦闘に参加してくれると信じて疑わなかったのだろう。
くるくると表情が変わる少年は、年相応。
本当に軍主を務めているのだろうかと疑いたくなるほどに。
けれど、生まれながらにしてそう言う教育を受けてきた訳ではないのだ。
あくまで、星に選ばれたせい。





実際にカイの武器は弓ではなく棍であり、この場にはない。
更に言うならば、ウィンディに捕らわれていたときから、少なくとも三年は鍛錬をしていなかったことになる。
そして、自分の手に馴染む根はどこにあるのかわからない。
三年前のあの時になくなってしまったか、あるいは……。
量産型の武器を自分の手に馴染むようにさせるためには、それなりの鍛錬が必要だ。
それらを考えると、以前のような勘を取り戻すには、少し時間がかかりそうだった。


「わかりました、それで構いません。えっと……名前、教えて貰えますか?」


ふと、そこでカイは自分が名乗ってすらいないことに気が付いた。
そしてレックナートの言葉を思い出す。
タギの前では偽名を使わなければならない。
だが、タギ以外の人の前で本名を使っていたら、いざタギに会ったとき、名を呼ばれたときにバレてしまうのではないだろうか?
そうすると、この時点から偽名を使わなくてはならないことになる。
咄嗟に偽名、と思って浮かんだ名前は一つしかなかった。


自分とタギにとっては、とても大切な人物。


けれど、今は既にいない彼。


何の因果か、自分は彼に会うことが出来たけれど、タギはソウルイーターの中にいる彼を感じることしかできない。
そこまで考えて、カイはハタ、と我に返った。

そういえば、ソウルーイーターに喰われたはずの彼は、どうしてあの場にいたのだろうか。
時空の狭間だと言ってはいたが、まさかソウルーイーターの中ということはないだろう。
もしそうだとしたら、レックナート自身もソウルイーターに喰われたことになる。
だとしたら、一体──?


「あの……?」


ふいに黙り込んでしまったカイに、何か悪いことでも聞いてしまっただろうか、と心配そうな表情で自分の顔を覗き込んでくる。
その瞳が、あまりにも可愛すぎて、思わず迷子の仔犬を彷彿させてしまった、とは口が裂けても言えそうになかった。





「俺の名前はテッドだ。よろしくな」





名乗った瞬間、三年前の事を知っている彼らの顔が一瞬強ばったのを感じた。
それはそうだろう。
三年前に起きた解放戦争で、ソウルイーターに喰われたタギ・マクドールの親友の名前がテッドだったのだから。
別人とはいえ、彼等の記憶にそのことは刻み込まれているはずだ。
シークの谷に行っているのなら、尚更。


「僕はイリヤっていいます。こっちの青いのがフリックで、隣がビクトール。それで、彼女はビッキーです」


すでに知っている、とは言えなくて──言ったら言ったでそれは面倒なことになっただろうが──大人しくイリヤからの紹介を受ける。
そのたびに、小さく挨拶を交わしてくる姿が何だかとても新鮮だった。


「これからよろしくな」
「はいっ!」


無邪気そうな笑顔を浮かべたイリヤと握手を交わす。
まだ幼い、けれど武器を扱っている人間の手。
この肩に、どれだけの重責が乗っているのだろうと考えると、星の巡りという物自体を恨みそうになる。
けれど、自分がそれを言ったところで何も変わらないのだ。



戦争も、この世界も。



「それじゃ、本拠地に案内しますね?」
「ああ」
「さっさと帰って一杯やりてぇな」
「お前はいつもそればかりだろ」
「ははっ、違ぇねぇ」


その後、五人は瞬きの手鏡を使って本拠地であるレイクシエル城へ戻っていった。










この偽名を使わせたかった。
2006/05/07
2008/11/22 加筆修正



 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -