約束の刻 | ナノ
 




自分が何処で生まれたのか。



名前は、家族は、親友は。



そして、三年前に自分に起きたことは。



駆けめぐる情報量。



その多さに、少しだけ目眩がしたけど。



ようやく俺は俺になれた。










2、新たな一歩










レックナートの指先から放っていた光が収まると同時に、魁はぼんやりと瞳を開けた。
どうやら、無意識のうちに瞳を閉じていたらしい。
普通なら有り得ないことであるに違いないのに、すんなりと納得できてしまう自分がいた。
それと同時に、自分が感じていた違和感の正体に気が付いた。
やはり、あそこは自分の住む世界ではなかったのだ。
だからこそ、自分の居場所を求めていた。
ゲームの幻想水滸伝と出会ったのは、果たして偶然だったのだろうか。


「そっか、そうだった。俺……」


全ての記憶を取り戻した魁が感じたのは自分の無力さ。
三年前のあの戦争で、自分は何も出来なかった。
手を貸すことすら、出来なかったのだ。



自分の実の弟に。



そんな魁の姿を見ながら、レックナートは控えめに、けれどはっきりと言葉を放つ。


「全て、思い出したようですね?」
「ああ、思い出した。俺の名前はカイ、カイ・マクドールだ」


小さく拳を握りしめると、真っ直ぐにレックナートを見つめた。
その瞳に宿るのは固い決意。


「それでは、これから貴方を元いた世界へと導きましょう」
「あ、ちょっと待った」


テレポートしようとしたレックナートを咄嗟に止める。
レックナートは少々首を傾げながらもテレポートするのを止め、カイを見た。

──実際は盲目なので、見たと言うよりも顔を向けたと言った方が正しい──


「どうかしましたか?」
「大切な物を返すって言ったけど、あいつも必要なんだよな?ただ、会えばいいのか?」


記憶を取り戻せば何のことはない。
トランの英雄は血縁、しかも、自分の弟だった。
これならば、彼に会うのも簡単だろう。
だが、彼女の次の言葉に、カイは思わず開いた口が塞がらなくなった。


「いいえ、ただ会うだけでは駄目なのです。残念なことに、彼は貴方のことを覚えていません」



「…………は?」



今、彼女は何かとんでもないことを言わなかっただろうか。
できることなら、自分の空耳であって欲しいようなことを。


「ですから、彼は貴方のことを名前の一文字すら覚えていないのです」


その笑みを絶えず浮かべながら、一言一句をハッキリと紡ぐレックナートに、カイはその場に蹲りたくなった。


「なので、まずは記憶を思い出させることから始めなければなりません。その際、貴方や第三者から聞いて思い出すのではなく、あくまで彼自身に思い出して貰って下さい」


あっけに取られているカイを後目に、淡々と語っていくレックナート。
このときほどレックナートはB型だと思ったことはないかもしれない。
マイペースというよりは自己中だ。
もし自分が何も言わずにそのまま付いていったら、肝心要のことが何一つわからなかったに違いない。


「ということで、彼の前では偽名を使ってくださいね?」
「いや、ね?じゃないから……。つーか、他はもうないだろうな?期日がいつまでとか、どこそこへ行けだとか」


訝しげに訊ねてみれば、思い出したようにレックナートはポン、と手を叩いた。
それを見てカイがうんざりしたのは言うまでもない。


「期日は今回の戦争が終わるまでです」
「って、今どこまで進んでんだよ!」


今回の、と言うことはデュナン統一戦争のことだろう。
解放戦争の三年後はカイの知る限りこれしかない。
そこでカイはふと疑問を覚えた。


もし、ゲームと全く同じように歴史が進むのだとしたら、少なくともカイは十五年後に何が起きるか知っている。
レックナートが門の紋章の力でそれまでの記憶を戻してくれたけれど、あちらの世界で過ごした三年間の記憶もまたカイの中にある。


「なぁ、俺はわずかだけど先の運命を知っている。それを消したりは……しないのか?」


恐る恐る聞いてみれば、レックナートは翳りのある笑みを浮かべて見せた。


「この先の運命は、まだ決まっていません。カイ、貴方の記憶がこの先役に立つこともあるでしょう」


どうやら、自分の記憶は消すつもりがないらしい。
それはそれで有り難い。
けれど、それは同時に自分の知らない展開になった場合、何の情報にもならないということだ。
だからこそ、レックナートは記憶を消さないのかもしれない。


「今はハイランドの皇王、ルカ・ブライトが討たれたところです。それと、貴方の持つ記憶については、うかつに話さないようにお願いします」
「ルカが……そんなに猶予はないって事か。話すなっていうのは、知られると厄介だから、か?」
「そうです」
「わかった、言わないようにする。で、俺の頼みも聞いてくれるか?」
「何でしょう?」


レックナートと約束を交わした後、カイはレックナートに一つだけ頼みをした。
それは、自分の服装をなんとかしてくれ、という物。
確かに、今から幻想の世界に行くのに、全く異文化の服では怪しまれる。
レックナートも納得したようで、直ぐさまカイを案内したローブの人物を呼んだ。
そういえば気付かなかったが、レックナートと話している間はこの人物を見なかった気がする。
気を利かせて何処かに行っていたのだろうか?


「これに着替えて下さい」
「ありがとう」


差し出された服を受け取りながら礼を言う。
いざ着替えようか、と思ったところで一つの疑問が浮上した。


「アンタが盲目なのはわかる。けど、どっか行ってくれないか?」


そう、レックナートはカイの眼前から動かずに正面に立っているのだ。


「ええ、ですから気にせずに着替えて下さい」
「アンタの目の前で着替えられるわけないだろ。どっか行ってくれ!」


切実な願いは何とか聞き入れて貰えたようで、レックナートはローブの人物に何かを話すと、渋々とその場から消えた。
それにほっと安堵の溜息を漏らしてカイはおもむろに着替え始めた。
準備されていたのは黒を基調とした物で、まず黒いズボン。
左右の袖が半袖と長袖という白いシャツと、着物に似た黒い上着は袖がない。足元は前の方が短く、後ろの方で長くなっているので動きにくくはなさそうだ。
そして、帯のような布を腰に巻く。
オプションなのか、レッグウォーマーも用意されていた。
こちらは指先の部分が出るようになっていて、細かい作業をするのも楽そうだ。
これで完成。
と思ったら、ローブの人物はもう一枚、布を差し出した。


「これは?」
「頭に巻くといい。貴方の髪は少し目立つから」
「髪?」


言われて前髪を引っ張るようにしてみれば、それは綺麗な銀髪だった。


「ゲッ……マジかよ」


カイは今度こそ頭を抱えたくなった。
三年前まではこの髪の色がばれないように、こまめに黒く染めていたのだ。
この場で黒く染めることは出来ないと諦めると、カイは布を受け取って頭に巻いた。
前髪などは仕方ないとして、半分以上隠れればいいだろう。


「支度が出来たなら行きますよ?」
「ああ、行く」


全て支度を終えれば、再び二人は歩き出した。
レックナートはもう出てこないらしい。
会話もなく黙々と進んでいれば、来たときと同様突然足が止まる。


「案内できるのはここまで。これから先は一人で。それと、これを……」


そう言われて差し出されたのは、一本の弓矢と矢筒。
それにナイフが数本だった。
それの意味がわからないカイは相手の顔と武器を交互に見やった。


「これから先、丸腰では危険だ。せめて、これ位持って行ったほうがいい」
「それもそっか……」


相手の言葉に納得して有り難く武器を受け取ると、それを装備する。
それから目の前にいる人物に抱きついた。


「な、何を……」


狼狽したような声が上がったが、そんな物は気にしていられない。


「ありがと……テッド」


耳元で小さく呟いてから離れる。
すると、被っていたフードが下ろされて、その顔が露わになる。


「何だ、バレてたのか」
「何言ってんの。150年前も似たような恰好してたじゃん?」
「あー、そう言えばそうだったな」


髪をかき上げながらフードから顔を出したのは、三年前に別れたはずのテッドだった。
そして、本来ならばこの場にいないはずの人物でもある。
ソウルイーターを手放した後、その身をソウルイーターへと捧げてしまったから。
カイがテッドだと気付いたのは、ゲーム中でテッドがしていた恰好だったからだった。
150年前のことを描いた幻想水滸伝4。
霧の船のイベントで、初めてテッドが現れる。
その時の彼の服装も、顔をすっぽりと隠せるようなフードつきのローブだった。
今着ているローブとは、多少模様が違うが、雰囲気としてはかなり似ているだろう。


「ちゃんと、タギに俺のこと思い出させてくるよ」
「ああ。ホラ、もう行けって。残された時間はそうないんだろ?」
「ん、行ってくる」
「おう、頑張れよ」


テッドの声に軽く手を上げて応えると、カイは先に進み始めた。
その際、ふと気になることがあって思わず振り返る。
視線の先にいるテッドは、相も変わらず自分を見送るためにその場にいる。



自分が150年前の彼を知っていると、どうしてテッドは知っているのだろう。



例え残された文献を読んだとしても、そこまで詳細な物は残っていないはずだ。
それに、レックナートが言うとは思えない。
それなのに、テッドは自分の言葉に疑問を持たずにあっさりと同意した。
こんなことが、あっていいのだろうか。


「カイ?」
「ううん、何でもない」


その場に留まっていれば、テッドが首を傾げて名前を呼んだ。
わからないことは考えたってわからない。
いつか、わかる日が来るのかもしれない。
だからそれまでは。





大切な人を取り戻すために。


何よりも、約束を果たすために。


前へ、進まなければ。










2006/05/02
2008/11/22 加筆修正



 
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