約束の刻 | ナノ
信じられなくて自分の頬をつねってみた。
リアルに感じる頬の痛み。
それは、夢ではなくて現実の物。
にわかに信じがたい現実。
だって、自分が生きていく世界はゲームの中です、なんて話、冗談以外の何物でもないと思うだろ?
1、夢と現「……っ!」
ガクッという落下感を感じて、思わず魁は目を覚ました。
周囲を見回せばそこは自分の部屋。
目の前のテレビは付いたまま、同じ画面で止まっている。
そして自分の手にはゲーム機のコントローラー。
どうやら自分はゲームをしている最中に転た寝をしていたらしい。
「あ〜、変な夢見た……」
呟いて、先程見た夢を思い出そうとするが、頭の中に霞がかかったように思い出せない。
「ま、いっか。思い出せないって事は大した夢でもないだろうし」
魁は少し考えてから軽く頭を振ると、再びコントローラーを握りしめた。
魁が今プレイしているのは幻想水滸伝。
大学の春休みを利用して幻想水滸伝5をクリアした後、何故かやりたくなってしまったのだ。
幻想シリーズは外伝を含め全てプレイしているが、そのどれもがプレイするたびになぜか懐かしい。
特に幻想水滸伝は殊更だ。
まるで自分の記憶のように頭の中に入ってくる。
それは魁の記憶が三年前以前のものが欠落している故だろうか。
魁は三年前交通事故に遭い、両親を失った。
更にその時に一切の記憶を失っている。
それ以降はこの親戚の家に世話になっている。
記憶を失っても日常生活に支障はないが、やはりどこかしっくり来ない物がある。
時折感じる違和感。
何故自分はここにいるのだろうか?という疑問が頭をよぎる。
それと同時に、何故そんなことを思うのか、と首を傾げるのだ。
それを一度、医者や親戚に話したことがあったが、全ての記憶を失ったせいでそう思うのだろうと言われた。
だが、そう言われてしまえば自分も納得するしかない。
それ以来、魁は違和感について考えるのを止めた。
そうでもしないと、いつまでも堂々巡りになりそうだったから。
そんな時、自分の所持品であったゲームの中に幻想水滸伝を見付けた。
何かに惹かれるように始めたそのゲームは、たちまち魁を虜にした。
まるで憑かれたようにゲームに没頭した魁は、瞬く間に所持していたシリーズ全てを制覇した。
そしてつい先日5をクリアしたら、どうしようもなく幻想水滸伝がやりたくて仕方がなかった。
いや、やらなくてはいけないと思った、の方が正しいのかもしれない。
「シークの谷かぁ、あんまり行きたくないんだよなぁ」
ゲーム画面を見ながら思わず呟く。
現在は竜洞騎士のイベントで、もう少し進めればシークの谷に行かなくてはならない。
そこで何が有るかを知っている魁としては、あまり進めたくないというのが本心だった。
記憶を失って初めてプレイしたとき。
シークの谷でテッドがソウルイーターによってその生涯を終えた時、何故か涙が止まらなかった。
まるで大切な人を失ったかのように。
たが、ストーリーを進めるためには嫌でもイベントをこなさなくてはならない。
魁も、それは理解しているから仕方なくストーリーを進めていく。
そして、シークの谷でのイベント。
テッドがウィンディと共に現れ、ソウルイーターを通じて主人公と会話をした後、それは起こった。
『カイ、やっとお前を戻してやれる』「は?何だ、今の声……って、何っ?!」
どこからともなく声が聞こえてきたと思った次の瞬間、テレビから発せられた眩い光に魁の体が包まれた。
「どこだ、ここ……」
そこは闇だった。
上下左右前後、何処を見渡しても有るのは黒い闇ばかり。
だが、その場に立っていられるということは、少なくとも地面はあるのだろう。
しかし、それ以外に何もないというのはどういうことだろう?
この場に来る前に聞こえた声も気になる。
どこかで聞いたことがあるような……。
「ようこそ、時空の狭間へ」
「誰だっ?」
不意に聞こえてきた声に振り向き、思わず誰何の声を上げる。
そこにいたのは、長いローブを着てランプを持った人影。
身長は魁と同じくらいだろうか?
顔はすっぽりとフードに覆われていて見えない。
よくは覚えていないが、どこかで見たことがあるような気がする。
けれど、それがどこなのかは思い出せない。
「私は案内人。貴方を案内するためにここにいる」
「案内人?」
「……こちらへ」
魁の質問はことごとく無視され、言いたいことだけを言った人物はスタスタと踵を返していく。
それを見て魁も慌てて後を追った。
初めに言葉を交わして以来、お互い一言も口を開かずに歩を進める。
どれくらい歩いただろうか。
暫く進むと、ローブを着た人物が足を止めた。
それを見て魁も足を止める。
だが、そこにあるのも一面の闇ばかりで先程までいた場所と何処が違うか、魁にはわからなかった。
「少しお待ちを」
そう言うとローブを着た人物は何事かぼそぼそと呟いた。
すると、初めは小さな物だったが、次第に辺り一面を覆う光が現れる。
その光は人の姿を作っていき、最終的にはローブを纏った黒髪の女性となった。
「まさか……」
魁は目の前にいる人物を知っている。
だが、現実にはあり得ない。
そもそも、彼女がこの場に存在していられるはずがないのだから。
「レック、ナート……?」
呟けば、ローブを纏った女性はふわりと微笑んだ。
ゲームの中の登場人物が実際に存在するなんて、誰が信じられるのだろうか?
それともこれは夢で、起きれば再び自分の部屋に戻れるのか。
「カイ、まずは貴方に謝らなければなりません」
「謝る?」
疑問はいくつもあった。
ここはどこなのか?
どうしてゲームのキャラが存在するのか?
そして、何故自分の名前を知っているのか?
しかし、魁は目の前の人物の言葉に反応した。
謝るというのはどういう意味なのだろうか?
自分は何も謝って貰う理由が見つからない。
「はい、私の姉が貴方を百万世界の一つに飛ばしたのを知りながら、発見が遅れてしまいました。まさか貴方を見付けるのに三年もかかるとは思ってもいませんでしたから」
百万世界と言う言葉も気になった。
だが、それ以上に気になったのは三年という言葉。
自分が事故で記憶を無くしたのも三年前。
一体、何か関係があるのだろうか?
「俺は三年前から過去の記憶がない。それとあんたの話と関係があるのか?」
「記憶が?……おそらく、三年前に貴方が百万世界に飛ばされたときに、何らかの力が働いたのではないかと思います」
「だから俺の記憶が無くなったって?」
問いかければ、考えながらもレックナートは小さく頷いた。
「多分、三年前から以前の記憶がないと言うことは、貴方のその体は一度死んだのではないかと思います」
何か心当たりは?と聞かれて魁は言葉に詰まった。
心当たりは嫌と言うほど有りすぎる。
両親が亡くなるほどの交通事故。
自分も、生きているのは奇跡だと言われた。
だとしたら、自分は既にこの世にいない存在なのか。
「俺は三年前に酷い事故にあった。多分それだと思う。でも、そうなると俺は既に死んでいるのか?」
「私も良くはわかりませんが、いくつもの偶然が重なったのかと。貴方の体の持ち主は亡くなり、貴方自身の体と同化した、と考えた方がいいかもしれません」
「……よくわなかんないんだけど?」
魁は率直に言った。
レックナートの話を理解したくとも自分の脳の容量を遙かに超えている。
それ以前に、レックナーとが目の前にいる現実に、こうしてまともに話していられる自分が信じられなかった。
「何と言ったらいいのでしょうね……」
レックナートも曖昧な笑みを浮かべて言葉を探している。
彼女もまた、上手に説明できる言葉を持っていないようだった。
「つまり、俺の体の持ち主は死んだけど、俺自身は生きてるってことでいいんだよな?」
「ええ、要はそういうことです」
自分が理解できたことだけを告げれば、レックナートはにっこりと笑みを浮かべて頷いた。
説明放棄したな、と魁が内心密かに思ったことは彼女の与り知らぬ事である。
「で、俺がそっちの世界に戻ったとして既に三年経ってるんだろ?気になることはあるけど、今更戻って何をしろって?俺は自分が誰なのかすら覚えてないのに」
そう、幻想水滸伝が自分のあるべき世界だとして、記憶のない魁は自分が誰なのかすらわからない。
更に、ウィンディが関わっていたということは、自分の家族が生きていない可能性もある。
目的を持たずに戻されたところで、どうやって生きていけばいいのかすらわからないのだ。
「大抵の記憶ならば私の持つ紋章の力で戻すことが出来るでしょう。そして、貴方にやって貰いたいことがあるのです」
「やって貰いたいこと?」
彼女の意図が全くつかめず、魁は首を傾げた。
自分がやれることなどたかが知れているはずだ。
「はい、貴方にはお詫びとして大切な物を一つ、返そうと思います」
「大切な物……?」
突然大切な物と言われても思い付かない。
だが、返す、ということはあちらの世界で自分が大切だった物のことだろう。
ならば、記憶が戻れば思い出せるだろうか。
「ただ、それは貴方の力だけではダメなのです。貴方の他にもう一人、同じ物を分かち合った相手。以前の天魁星であるトランの英雄がいなければなりません」
「ちょっと待った。同じ物を分かち合ったって、何をだよ?トランの英雄ったって、俺がそいつと知り合いないはずだろ」
トランの英雄。
自分の持つ情報の通りなら、彼は全ての決着が付いた日の晩に、グレッグミンスターから旅立っているはずだ。
三年後のデュナン統一戦争の際に、主人公がバナーの村で英雄に会うイベントがあるはずだが、自分と英雄の関係がいまいち理解できない。
彼と同じ、グレッグミンスターにでも住んでいたのだろうか。
「まずは貴方の記憶を戻しましょう。そうすれば、自ずと私の話も理解できるはずです」
そう言うとレックナートはカイの額に指を当てた。
すると、レックナートの指先に優しい光が小さく灯る。
途端、魁の頭の中に、欠けていた今までの記憶が情報として駆けめぐった。
レックナートはここまで万能じゃない筈……
2006/05/02
2008/09/07 加筆修正