約束の刻 | ナノ
 




大切な人を守りたい。



それは、純粋な願い。



でも、大きな力を前に、願うだけでは適わない事もある。



それを知ったのは3年前。



僕は無力だった────。










0、終わりと始まり










明かりも差さない暗い牢屋に二人の少年がいた。
一人は明るい茶色の髪、もう一人は黒髪にバンダナという出で立ちだ。
その身なりは少しも汚いところがない。
ただ、茶色い髪の少年は怪我をしているらしく、所々に包帯が巻かれている。
一見、牢屋には不釣り合いなその格好に、牢を預かる兵は顔を顰めたが、上からの命令では仕方がない。
何も言わず、二人を冷たい牢の中へと入れたのである。
そんな中、少年達はお互いに身を寄せ合い、何をするでもなく目の前の漆黒を見つめながら会話をしていた。


「なぁ、カイ。お前、俺なんかと来てホントに良かったのか?」
「何、またその質問?もう今更だろう?」


黒髪の少年――カイ――が溜息を漏らしながらうんざりとしたように言った。
拘束はされていないので、手も足も自由に動かせる。
けれど、しっかりと施錠されている牢は、ビクリともしなかった。
そして、カイにはわからなかったが、この牢には魔封じの魔法がかかっているらしい。
それでは、魔法で逃げることも叶わない。


──元より、逃げるつもりなど初めからなかったのだが。


「でも、でもさ。ウィンディの狙いは俺のソウルイーターだ。お前まで危険な目に遭うことはないんだって」


そう言いながら明るい茶色の髪の少年は、手袋の上から右手の甲に触れる。
まるで大切な物に触れるかのようなその手付き。



だが、カイは知っている。


その右手には、既に狙われている物が存在しないことを。



それでも、大切な人達を守るために、自分たちはそれが存在しているように振る舞わなければならない。
出来るだけ、長く。
その為に、牢へ入れられてもこうして脱走するでもなく、大人しく牢にいるのだから。


「そんなこと言われても……タギとも約束したからな。テッドの側にいて、必ずテッドと帰るって」
「カイ……サンキュ。俺も、約束する。必ずお前と一緒にみんなの所へ帰るって」


テッド――明るい茶色の髪の少年――は、少しはにかんだ表情を浮かべながら、決意したように右手を固く握りしめた。


「そうこなくっちゃ」


お互いの拳をぶつけ合って小さく頷き合う。
そうすることによって、お互いの気持ちを鼓舞させた。


「おやおや、麗しき友情だこと」


だが、その間に割って入った声に、二人の表情が途端に厳しい物へと変わる。


「「ウィンディ!!」」


突如会話に混ざってきた声に、少年達の声が重なる。
そこにいたのは赤月帝国の宮廷魔術師にして、皇帝バルバロッサの寵愛を受けているウィンディその人であり、今まで少年達が話題にしていた人でもある。
ウィンディの狙いはテッドの持っている紋章。
その紋章欲しさに、わざわざ牢へ入れるという徹底ぶり。


「さ、テッド。いい加減強情はお終いにするんだね。そのソウルイーターをおとなしく此方へ渡してちょうだい」
「誰がお前なんかに渡すもんかっ!」


自分たちの方へ近づいてくる気配を感じて、テッドは咄嗟に右手を隠した。
今はまだソウルイーターの気配が残っているから誤魔化せる。
けれど、直接見られてしまえば、そこに目的の物がないことが一目でわかってしまう。
そのまま相手が近づいた分だけ後退るも、部屋の壁に方がぶつかる。


「強情だね……あまり聞き分けのない子だと、今回はお友達がどうなっても知らないわよ?」
「何っ?」
「僕に構うなっ!ウィンディの言葉を聞いちゃいけない……うぁっ!!」


そう言った瞬間、カイの体が空中に浮いた。
暗い部屋だというのに、カイの周りは淡く発光していて、何が起きているのかがよくわかる。
多分、何らかの紋章を使ったのだろう。
でなければ今の状況を説明できる物がなかった。
抵抗を試みるも、何かで拘束されているかのように上手く身体を動かせない。


「カイ……ッ!」
「フフッ、どうするんだい?」
「クソッ!……わ、かった……」


カイを人質に取られてしまった以上、テッドが取れる行動といったら一つしかなかった。
渋々ながらもウィンディも申し出に承諾する。
その瞬間、ウィンディが満足そうに笑みを浮かべたのがカイの位置からよく見えた。


「テッド!ダメだっ!!ちくしょう、離せっ!!」


身動きの出来ない体を、空中で必死になって動かそうとしてみる。
しかし、体は空中に浮かんだまま。
ただ見ていることしかできない自分が、酷くもどかしい。


「聞き分けのいい子は好きだよ?さ、渡して貰おうか」
「テッド、テッド!」


カイの悲痛な叫びに、テッドは申し訳なさそうに視線を向けた。
その表情は諦めとも取れるようで。


「カイ、ごめんな?でも、お前に何かあったら俺……」
「そんなこと気にしなくていいって言っただろ!それをウィンディに渡すな!!」


そんなカイの願いも虚しく、ウィンディはテッドの側へ行きその場に膝をつくと彼の右手から手袋を外した。
その瞬間、二人は固く目を閉じた。










――――ウィンディに、バレた。










これでは言い逃れなど出来ない。


「さ、右手を……これはっ!?……お前、ソウルイーターを何処へやったんだい?」


テッドの右手に有るべきはずの物がないことを知ったウィンディは、物凄い剣幕でテッドの胸ぐらを掴みあげた。
だが、それは想像済みだったのか、テッドは口端を斜めに引き上げ、鼻で笑った。


「……あ〜ぁ、バレちまった。もう少し長引かせる予定だったけど。ま、残念だったな」
「聞かれても教えてなんかやるもんか!」


カイとテッドの口から付いてでた言葉に、ウィンディの怒りも頂点へと達したらしい。
怒りに震えた拳は小刻みに震えている。
もしかしたら、顔は怒りのあまりに赤くなっているかもしれない。
ウィンディはテッドから離れるとその場に立ち上がり、自らの右手を高く掲げた。


「こうなったら仕方ないね。……門の紋章よ!」


次の瞬間、まばゆいくらいの光が部屋中を支配する。
そして、その光に誘われるかのようにカイの体が移動する。


「何だ?」
「カイ!!」
「なっ……、テッド!」


光は、ちょうど人一人が通れるくらいの大きさまで輝きを増していく。
それは、大きな光の口が開いているような感覚。


「くっそ、離せっ!」


必死の抵抗も虚しく、カイの体は光の中心へと吸い込まれて、





消えた─―――。





すると光も収縮して、やがては消えてしまった。
残されたのは、僅かな残滓と静寂。
そして、暗闇。


「カイーーーー!!……ウィンディ!あいつを何処へやったっ?!」


キッとウィンディを睨み付ける。
怒りで手どころか、身体全体が震えているが、そんなことに構ってなんていられない。



さっき一緒に帰ると約束したばかりなのに。

それなのに……。



「さぁ?さすがにそれは私にもわからないねぇ」
「くっ……卑怯な!」
「さて、ソウルイーターを持たないお前でも、少しは役に立って貰わないとね」


妖艶な笑みを浮かべながら、再び自分に近づいてくるウィンディに、視線をそらさず睨み続ける。


「……何をする気だ?」
「ふふ、何だと思う?」


この後、ウィンディが取りだしたのはブラックルーン。
しかし、カイが消えたことで頭に血が上っていたテッドは、現時点で気付くことが出来なかった。










全ての始まりはここから
2006/04/22
2008/09/01 加筆修正



 
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