約束の刻 | ナノ
黙っていれば儚げな美少女。
ところが口を開けばその顔に似合わぬ口調。
その理由は知ってるけどさ、
出来ることなら電撃はくらいたくない。
ここはやっぱり、
彼に悪いけどスケープゴートが必要かな。
15、人ならざるヒトジェスとハウザーの後を追って、クラウスとリドリーが出発すると、それから間もなくしてゾンビの集団が現れた。
もちろんそれはネクロードが寄越した物に間違いない。
そして、カイが坑道を使ってネクロードがやってくる事を思い出したのも、それとほぼ同時だった。
まるで蜘蛛の子を散らすようにティントにいる人間が逃げ始める。
一般人が逃げるのを手伝いながら、カイたちも応戦しつつ後退していく。
なんとかクロムの村へと逃げ延びることができたが、ゾンビ相手に紋章の力を使ったイリヤは昏々と眠り続けている。
そんなイリヤの側を、ナナミは付きっきりで離れようとはしなかった。
だから、イリヤが目を覚ましたとき、彼女の目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見逃さなかった。
「ナナミ、心配かけてゴメン」
「本当だよ。いっぱい、いっぱい心配したんだから!」
心配そうな義姉にもう一度笑顔で謝れば、小さく頷いて許してくれた。
「強いな、イリヤは」
そんな彼の姿を見て、ボソリとカイが呟いた。
逃げる道もあったのにその道を選ばず、真っ直ぐに前を見据えている。
自分ならこうはできない。
所詮、自分は人の上に立つ器ではないということか。
それを思えば、タギはそれだけの器があったということになる。
またしても自分とタギの違いを見せつけられたようで。
少しだけ、自己嫌悪の溜息が出た。
「君も、強いと思うけど?」
不意にすぐ側から聞こえてきた声に、思わず振り返る。
そこにはいつからいたのか、イリヤから視線を離さないタギの姿。
こちらを見るつもりはないのか、カイの視線を感じているだろうにタギの視線はイリヤへと向けられたまま。
仕方なく、カイもイリヤへ視線を向けながらタギへ返事を返す。
「俺は強くなんてないさ」
「そうかな?少なくとも、彼とは違う意味で強いと思うよ。色んな意味で、ね」
「それって、どういう……」
「あ、外に行くみたいだよ」
行こう、と質問の途中で声をかけられ、そのまま問うことはできなかった。
自分のどこが強いのか。
タギが何のことを言っているのかわからない。
何を、考えているのかも。
幼い頃に離れていた年月よりも、この三年のほうが随分と二人の距離が開いたような気がする。
そう思うのは、タギが自分のことを覚えていないせいなのか。
それとも、それ以外のせいなのか。
考えることすら億劫で。
重い溜息をつけば、胸の奥に何か重い物が積まれていくようだった。
「久しぶりです、ビクトール。イリヤ殿もお久しぶり」
「カーンじゃねぇか。お前も、ネクロードを追ってか?」
外へ出て行くタギを追いかけると、既に外に出ていたメンバーが顔見知りと再会していた。
バンパイアハンターで、マリィ家のカーン。
カイ自身会うのは初めてだが、イリヤたちには久し振りの再会だ。
そんなことを知らないタギは、カイもカーンのことを知っているのだと思ったらしい。
「彼は?」
少し離れた場所で立ち止まっているタギの横に立てば、タギたちと親しげに話すカーンを見て首を傾げている。
タギよりとあまり変わらない時期に本拠地に訪れたカイは、本来なら知らないと答えるべきなのだろう。
だが、レックナートの計らいにより十五年後の未来までは頭に入っている。
カーンについて話すのに困らないほどの知識は持っていた。
「バンパイアハンターのカーン。俺も初めて会う顔だな」
「ふうん、そうなんだ」
タギにカーンのことを簡単に説明する。
説明しながらチラリと視線を移動させれば、そこから見えるのは変わらないタギの横顔。
こうして二人で一緒にいられるのは嬉しいはずなのに、素直に嬉しいと感じられないのはまだ自分が偽物でしかない証拠だろうか。
思い出してみれば、タギに『テッド』と名乗ってからこちら、一度たりとて名前で呼ばれたことがない。
やはり、テッドと名乗らない方が良かったのだろうか、という気にすらなってくる。
けれど記憶のないタギに与えられる、数少ないヒント。
それは共通の友人の名前だけ。
ケーキを作ってみたりと色々小細工をしてはいる物の、今もタギの記憶が戻る気配は感じられない。
こうなってくると、本当に戦争が終わるまでにタギが記憶を取り戻してくれるか、賭にも近い。
「よし、まずはその力を持つ相手とやらに会いに行こうぜ」
そして「行き先が決まったぞ〜」と考え無しに言うビクトールのおかげで、これから数時間徒歩で移動することが余儀なく決められた。
「うぇ〜、やっとついた」
漸く着いた村の入り口でぐったりとしているのはカイだけだった。
それ以外は中央にできる人集りに目がいっている。
よく見れば、男たちに囲まれているのは一人の少女。
それを見たイリヤたちが慌てて駆け寄るのを、カイは少し離れたところから見守ることにした。
なぜなら、中心にいる少女が誰か知っているから。
こう言っては失礼だが、下手に刺激して攻撃を受けてはたまったものじゃない。
それに、疲れ切ったこの身体は、何よりも休憩を求めている。
「おい、待て、待て。何事だってんだ」
人混みをかき分けて行ったビクトールに、バカと小さく呟いてやる。
まぁ、熊は転んでもただじゃ死なないだろうし、少しくらい刺激があっても大丈夫だろう。
ビクトールの場合、口で言うよりも身体で体験した方がわかりやすいだろうから。
綺麗な華には棘があるのだということを。
それでも、少しだけ周りの気温が低くなったような気がしたから、カイはもう一歩後ろに下がることに決めた。
次の瞬間――。
響いてくる、少女のような高い声に老人のような口調。
それに続いて晴れているはずの空から、突如現れた稲妻が人集りの中心に、落ちた。
それに驚いた人々は一目散に自宅へと帰っていき、残されたのはイリヤたちのみ。
人混みがなくなったことにより、カイの目にもシエラの姿がハッキリと見て取れるようになった。
外見だけを見れば確かに可愛い。
これではビクトールがあんなことを言うのも仕方がないだろう。
「カ、カーン……もしかして、こいつが?」
「えぇ、そうです。シエラ様ですね」
目の前の少女を指差しながら、恐る恐るカーンに尋ねると、尋ねられた方は小さく頷きながら少女の近くへと足を進める。
それを見つめるシエラの視線は鋭い。
「シエラ様、私はネクロードを追っているマリィ家のものです」
名乗り、恭しく礼をすればシエラの瞳がスッと細められた。
「ほぉ、バンパイアハンターか。人間のくせに、物好きな奴らじゃ」
「シエラ様もネクロードを追っておられるのでしょう?」
「あやつめの盗み去った『月の紋章』を取り戻さねばならぬからのぉ。しかし力を合わせるというわけにはいかぬ。人間なぞ、ただの足手まといじゃ」
フン、と小さく鼻を鳴らして全身で協力を拒否するシエラに、どうしたものかと誰もが嘆息を着いたときだった。
滅多に話さないソレがこのときばかりは口を開いたのだ。
「よく言うものだ吸血鬼」
その声に驚いたように、シエラの体が大きく震える。
それを見て声の主を探せば、みんなの視線がビクトールの腰にある星辰剣へと向けられた。
さすがのビクトールも驚いたらしく、彼は思わず星辰剣を腰から抜き取った。
その様子を見ながら、星辰剣はあんな声だったのか、と初めて聞いた紋章の化身の声に少しだけ感心する。
「星辰剣!なぜこのようなところに?!」
「何、腐れ縁があってな。しかし、お前まで人の里に下りているとはな。すでに隠居したと思っていたぞ」
「人に使われる剣などに身をやつしているおんしに、言われとうないわ」
剣と少女が喧嘩をしている一種異様な光景に、その場にいた誰もが目を白黒させた。
今の話からすると、この少女も星辰剣のように何年も生きているということか。
そんな中、いち早く正気を取り戻したのはカーンだった。
「シエラ様、ぜひ我々にお力をお貸しください」
再び彼女に協力を求めれば、腕を組んで何事かを思案するように眉を顰める。
それからぐるりとその場にいる人たちの顔を見回した。
「ふむ…ならば共に連れて行ってやろう。ただし、おんしらが足手まといになるならば、即刻その場で捨てて行くから、そのつもりでな」
「……どうする、イリヤ」
「どうするも何も、シエラさんの協力が必要なら仕方ないんじゃない?」
どこまでも偉そうなその態度にうんざりとしたビクトールが、ボソボソとイリヤに耳打ちを始める。
それにチラリと彼女を見つめてから答えれば、やっぱりかよ、とぼやきながら頭をガシガシと掻いている姿が目に入った。
「ほほほ、さぁ、ネクロードの元へ案内せい」
「く…とにかく、クロムの村に戻ろう」
高笑いを浮かべたシエラに、ビクトールは頭を抱えた。
多少疲れたようなビクトールに促され、クロムの村へ戻るために歩き始めたカイを見て、シエラは独り言とも取れそうな呟きを零した。
「それにしても、おんしから不思議な気配を感じるのう」
何か含むようなその言葉に、思わずカイの足が止まる。
肩越しに顔だけ振り返れば、そこには先程から微動だにしていないシエラの姿があった。
今回はシエラを出したかっただけとも言う(爆)
2006/10/26
2009/07/06 加筆修正