約束の刻 | ナノ





非常識な訪問は本当だったんだ。


実際目の前に現れた彼女に


げんなりと頭を抱える。


何もないときならいいけどさ、


戦の真っ最中だったら安眠妨害以外の何物でもないよな。










14、深夜の来訪者










深夜。
たまたま目を覚ましたカイは、自分が寝ているベッドの横に佇んでいる人物を見て、真っ白になった。


「あら、起こす前に起きてしまいましたか。久し振りですね、カイ」


こんな夜更けに勝手に寝室に入り込み、にこにこと笑顔で言ってのける。
カイが三年間生活していた現代なら、不法侵入者として警察に訴えているところである。
だが、そんなことをしそうな人物に一人心当たりがある。

……否、そんな人物は一人しか知らない。

くらりと目眩の死そうな頭を抱えて、まだ半分寝ぼけている頭を必死で回転させる。


「えーと……レックナート。とりあえず、一つ聞きたい。イリヤのところにはもう?」
「いいえ、彼には今からです」


行ったのか?と含みを持たせて尋ねれば、やんわりとした微笑で否定される。
聞いた自分がバカだった。
思わず内心で呟いたカイである。

大体の時間で考えると、日付が変わってから約二時間くらいだろうか?
それから考えて、今から彼女がイリヤの所へ行くとなると、寝直すにも起きているのも中途半端な時間この上ない。
盲目の彼女には昼夜関係ないのかもしれないが、普通の人間にはかなり辛い。
天魁星っていうのは色々と大変なんだな、と今更ながら感心した。
それと同時に、タギも大変だったんだと過去の罪に苛まされる。


「で?俺の所に来た理由は?」


小さく嘆息ついてからチラリと視線を投げかければ、レックナートは笑顔を絶やさぬまま言葉を紡ぐ。


「タギの記憶はまだ戻らないようですね」
「まぁね。ま、記憶なんてそう簡単に戻るものでもないし?」


それを言うためだけにわざわざ自分の元へ来たのか。
そう考えると安眠妨害されたことに、小さな苛立ちを覚える。
おどけたように肩を竦めてみれば、その気配に気付いたのだろうか。
一層笑みが深まったようにも感じられた。


「ていうか、タギが記憶を戻しても俺たちで何をすればいいのかわからないんだけど?」


そう。
レックナートが返してくれるという大切な物。
それが何かは、朧気ながら想像がついた。
けれど、その為に必要なタギの記憶。
いつ記憶を取り戻してくれるか分からないので、さほど気にも留めていなかったが、今思えば記憶を取り戻した後どうすればいいのかが分からない。



わかっているのは、自分とタギの二人の力。
レックナート曰く、同じ物を分かち合った相手だから必要だとか。
この場合の『同じ物を分かち合う』というのは血のことだろう、と今のカイは思っている。
カイとタギの共通点は血縁であること。

有力なのはそれだが、違うと言われてしまえばお手上げだ。


「そうですね……このままでは力が足りないかもしれません。協力者を捜すことをお勧めします」
「協力者って、どこから捜せってんだよ……」


またしても難題を振ってくる彼女に、心からうんざりした。
力が足りない、というのは何の力のことだろうか。
第一、協力者の条件がわからない。

レックナートのことだ。
きっと協力者についても条件を出してくるに違いない。


「それは大丈夫です。来るべき時期が来たらわかります」


内心を読んだかのように言われてしまうと、今度こそ胡散臭い。
だいたい、星読みが何でそこまで知っているかとか、盲目のくせに何でわかるんだ、といった暴言が心中で渦巻く。
言ったところで軽く返されるのだろうし、今問いつめたところで明確な答えも返ってきそうにないので諦めるのことにした。

これ以上レックナートを留めておくということは、イリヤの場所へ行く時間が遅くなるということ。
幼い軍主にこれ以上の負担を掛けるのは好ましくない。
そう思えば、早々にレックナートとの会話を終了させるべきだろう。


「へいへい、それまでは記憶を取り戻して貰うように頑張るさ」
「そうして下さい。私はこのままイリヤの部屋へ行きます。カイ、お休みなさい」
「さっさと行きな」


返す言葉に刺があったのは、今からレックナートに襲撃されるイリヤが可哀想だと思ったからか。
淡い光が部屋中を包んだと思うと、次の瞬間には彼女の姿はなくなっていた。

そして訪れる闇。

嵐が去った、と再び布団に潜り込んだところでそういえば、と思い出す。
寝る前にナナミと会話をした後、イリヤには重要な選択があったはず。
自分はそれを知っていたから彼に助言をしたが、結局の所どうしたのだろう?
例え助言をしたところで、それを決めるのはイリヤ自身だ。
考えて出した結果が逃走なら、それも仕方のないことだろう。

だが、今からレックナートが行くということで、その答えはわかったような気がした。
辛い選択だったろうに、イリヤは進むことを選んだのだろう。

窓から入ってくる月明かりが、部屋の中の闇を小しだけ減らした。















日が昇り、みんなが再び広間に顔を見せた。
しかし、そこにはジェスとハウザーの姿だけが見あたらない。


「………」


まだ現れない二人を待つ間、談話し始める面々とは別に、クラウスは何かを考えるように俯いていた。
軍師でもある彼は、きっとこの場にいない二人の行動をかんがえているのだろう。

カイは考えるまでもなく、その二人がネクロードを倒すために出陣準備をしているのだと知っている。

そんな中、勢いよく扉を開けて入ってくる人物が居た。
何事かと、視線が扉へ集中する。


「グスタフ様、大変です!ジェス様が兵を出陣させています」
「何だとっ!」


その言葉には、既に知っているカイ以外の誰もが驚きを隠せなかった。
ただ、クラウスだけが静かにそれを聞いていた。
もしかしたら、軍師である彼には予想範囲内だったのかもしれない。
誰もがジェスを止めなくては、と屋敷を出て市の入り口へ急いだ。


「これは何事だ、ジェス殿!」
「こちらから討って出ます。死者の群はネクロードの術によって操られています。ならば、ネクロードを倒せば敵は一気に壊滅します」


ジェスの姿を見つけるなり、彼に詰め寄ったグスタフだったが、それはあっさりと一蹴される。
相変わらず人の話を聞かない男だ。
これには呆れて声も出ない。

すると今度はビクトールが声を荒らげた。


「ネクロードの居場所がわかっているのか!」
「もちろんだ。あちこちにスパイを放っていたが、その中の一人がネクロードの居場所を調べ出してくれた」
「それが間違っていたら、どうするんだ?」
「……我がミューズに忠誠を尽くしてくれた男が、死をかけて伝えてくれた情報だ。間違っているはずがない!」


あくまで疑ってかかるビクトールに、ジェスは聞く耳を持たなかった。
ここで少しでもジェスが聞いてくれれば、命を落とす物はもっと少なくなるのに。
だが、それを知っていてもカイに止める術はない。

それ以前に、言ったところで聞いてくれるかどうかという問題もある。
ここは大人しくしていた方が得策かと、カイは少し離れたところで成り行きを見守ることに徹した。


「全軍、これより出陣。狙いはネクロードのみ!」


ハウザーが号令を出せば、兵士たちはそれに勢いづく。
兵たちが進軍するのを見守るハウザーは殿を務めるのだろう。


「ハウザー殿。ミューズの名将たるあなただ。この作戦が危険な賭であることぐらいわかっているはず」


そんなハウザーの姿を見て、耐えきれなくなったリドリーが彼に近付いた。
しかし、ハウザーの固い決意の前に、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか。
諦めて黙って彼らを送り出した。
そんな姿を見つめながら、ミューズの人間は基本的に頑固なのかもしれないと一人納得したカイである。
そういえば、今は亡きミューズ市長のアナベルも、ゲーム中ここぞというときは決して譲らなかった記憶がある。





「五千の兵力だけではネクロードの軍勢を突破できません。こうなった以上、我々も出陣すべきでしょう」


ジェスたちの姿が見えなくなった頃。
漸く考えがまとまったのか、今まで黙っていたクラウスが口を開いた。
それにも疑ってかかるビクトールだったが、結局はクラウスとリドリーに言い負かされる形で納得した。

何にせよ、これ以上犠牲者が出るのを黙って見ているわけにはいかない。


「クラウス、リドリーさん!」


彼らが出発しようとしたのを見計らって声をかける。
カイの声に二人は振り返った。
足が止まったのを見ると、小走りで二人の側へと近付いた。
道具袋の中からごそごそと何かを漁ると、二人に差し出されたのは、数枚の札。


「これは?」
「破魔の札。役に立つと思うから、持って行って。使えるよね?」
「しかし、それでは貴方の分は……」
「いいからいいから。二人に何かあったらこっちも困るしさ」


尚も渋る二人に「一生のお願いだ」と胸の前で手を合わせれば、しょうがないといいながらも、素直に礼を言ってくる。
それに悪い気はしないもんだな、と思っていると、すぐ側から誰かの視線を感じた。
首だけを巡らせて視線の主を探ってみれば、それがタギから送られていることに気付く。
視線があった瞬間、明らかに目を逸らされたので間違いないだろう。
その瞳が何処か寂しげだったのは、自分の気のせいだろうか……?


「……ねえ、今の札だけど」


はて、と首を傾げていれば、後ろからぼそりと呟かれた声にドキリとする。
チラリと背後を見れば、そこにいたのはクラウスらと後からティント入りしたルックだった。


「破魔の札って言ったよね。普通、札に出来るのは五行の眷属だけのはずだけど?」


やはり気付いていたか。
ルックのことだから、きっと気付くだろうと思っていた。
だが、ジーンがどうやって破魔の札を作ったのかはカイですら知らない。

むしろ、この札を作ったのがジーンかどうかも分からないのだ。

どう答えるべきか。
そんなことを思っていれば、ルックが鋭い視線でカイを見据える。


「それにアンタ、こうなることを知ってたわけ?」
「何でそう思うんだ?」
「大体、紋章を使えない人間が、札を使えるわけないだろ」


そんなこと、考えるまでもないからね。
そう告げるルックに、知ってたのかと小さく舌を出す。
ルックほど魔力に長けた物ならば、カイが魔力を持たないことぐらい初めから知っていたか。

少し甘く見ていたかと、カイは空を仰いだ。





今回はレックナートを出したかっただけとも言う(爆)
2006/10/26
2009/07/06 加筆修正



 
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