約束の刻 | ナノ
何も知らないくせに。
確かめもせずに、自分の目で見たことだけが事実だと思っているのだろうか。
そして現れた変態吸血鬼。
どっちも好きになれそうにない。
13、最悪な初対面翌朝。
疲れのせいもあってか、いつもより多少遅く起きたカイだったが、どうやらイリヤもまだ起きていないらしい。
それを知って、ほっと安堵の溜め息をついた。
確かクラウスとリドリーが来るはずだと、ゲームの流れを思い出すと、昨日と同じ部屋へと足を向けた。
部屋へ入ればそこにはクラウスとリドリーの姿だけでなく、タギやシーナの姿も見えた。
「おはよ〜」
「よっ、はよ」
「随分疲れてたみたいだね」
扉を開きながら挨拶すれば、姿を確認した面々が挨拶を返してくれた。
どうやら朝食は全員揃ってかららしい。
そのことをありがたいと思いつつ、寝坊したことへの罪悪感が浮かんでくる。
全員揃って、ということは、揃うまでは腹を空かせていなければならないのだ。
きっと朝早くから起きていた人たちは、今頃腹を空かせているはずだ。
「きっと基礎体力が違うんだよ」
「いや、お前のは運動不足だろ」
「そういえば、訓練はしてたけどずっと本拠地にいた、って言ってたっけ?」
メイドにもらったジュースを飲みながら、たわいのない話をする。
どれくらい話していただろうか。
しばらくすると、パタパタという足音と共に勢いよく扉が開かれた。
「おっ、おはようございます!」
「ごめんなさい、寝坊しちゃった〜」
急いでやってきたのだろう。
微笑ましい姉弟の姿に、思わずその場にいた人達の顔にも笑みが浮かぶ。
「お早うございます、イリヤ殿。シュウ殿の命令で、軍を率いて参りました」
「イリヤ殿、シュウ軍師より軍師としてリドリー殿を助けるように仰せつかっています」
「イリヤ殿、あっしらも途中でコウユウに会って合流しやした。一緒に戦わせてもらいやす」
リドリー、クラウス、ジキムの三人がそれぞれにイリヤに言葉をかける。
その間に息を整えれば、三人に向かって笑顔でありがとうと応えた。
その後、グスタフが話始めたと思えば、思いも掛けない人物の介入にそれは遮られた。
「お父さん!お父さん!」
グスタフの一人娘であるリリィの登場に、その場にいる誰もが驚いた。
その後の展開を知っているカイは、棍を強く握り締めた。
だが、そんな中でもカイは一人、グスタフに似なくてよかったなぁ、としみじみ思った。
リリィからの情報で、怖いオバケみたいな化け物が来たという場所へ向かえば、成る程。
そこにはリリィの言った表現がぴたりと当て嵌まっていた。
ゾンビの集団を引き連れたネクロードほど『怖いオバケみたいな化け物』という言葉が似合うだろう。
「おはよう、ティント市の諸君。おはよう、市長グスタフ殿。おはよう、みなさん。今日は天気も麗しく、私も最高の気分ですよ」
「やっぱりテメェか、ネクロード!」
ネクロードの姿を確認するなり、ビクトールは星辰剣を手に構えた。
そういえば、ビクトールの故郷がなくなったのはネクロードが原因だったはず。
三年前に倒したとばかり思っていた吸血鬼が再び目の前にいるだけではなく、こうして人を襲っていることに耐えられないのだろう。
初めて見る敵の姿に、カイは思わず眉を顰めた。
どういうキャラかは知っていた。
知っていたが、実際に本物を見ると濃すぎるのだ。
血色が悪いのは、吸血鬼だしまあ当然だろう。
だが、あのしゃべり方好きになれない。
ミルイヒやヴァンサンのようなナルシーともまた違う感じがする。
これに幼女趣味が入るのだから、本当に救えない。
これほど変態というカテゴリーが当てはまるキャラは、幻水の中にいないだろう。
「何度見てもあいつは慣れねえな……」
「ゾンビになれば気にならないかもよ?」
「じょーっだん」
カイの隣にいるタギとシーナが、目の前のネクロードについて話していた。
それを聞いて、やはり慣れる物じゃないのか、と納得してしまう。
確かにゾンビになってしまえば、思考なども無くなるのだろうから、タギの言ってることは間違いではないだろう。
「おやおや、これはこれは、あなたもしつこい人だ」
げんなりとネクロードを見ながら、チラリとビクトールに目をやる。
ネクロードを見た後だと、熊の方がまだましだな〜、などと、本人が聞いたら怒りそうなことを考えながら、周囲を見た。
誰しもが武器を構え、いつでも戦える準備をしている。
ネクロードについて話していたタギとシーナまでも。
それを見て、嫌な予感がした。
「おのれぇ!!おい!お前らぁ、奴らを生かして帰すな!!いや、もう死んでるのか……」
思わず突っ込みを入れたグスタフに、思わず吹き出しそうになる。
だが、こんなシリアスな場面で吹き出すのは、さすがに止めた方がいいだろう。
「どっちでも良い!ギタギタにしてやるぞっ!」
「へい!」
「けっ!ゾンビなんかに負けるかよ!!」
だが嫌な予感は止まらない。
そして、その予感は思っていた以上に早く訪れた。
無事にゾンビたちを退治し終え屋敷に戻れば、激高したグスタフに娘のリリィが怯えていた。
その姿に、十五年後の姿を重ねてもったいない、と小さく呟いた。
今はこんなに可愛いのに、十五年後になったら我が侭になるのだ。
外見はいいのに、性格が悪いと嫁のもらい手が無いんじゃないだろうか、といらぬ想像までしてみる。
そんな時だった。
「これは何事ですか、グスタフ殿!」
バン、と勢いよく扉を開きながら現れた二人の人物。
ジェスの姿を確認すると、カイは思わず眉間に皺を寄せた。
悪い人物でないことは知っているが、ゲーム中ではどうしても好きになれなかったからだ。
イリヤの姿を見るや否や、ジェスはイリヤを指差した。
「こいつこそがアナベル様を、その手に掛けたんだ!!」
ジェスの態度に、あーあ、と思わず声が漏れる。
そんな彼は今この瞬間も、自分の目で見たわけでもないのに、目の前で起きた事実だけが真実とでも言うようにイリヤを詰っている。
イリヤが何も言わないのをいいことに。
「バカ言うんじゃねぇ……そんなわけがあるか!イリヤがアナベルを……」
「イリヤッ、言い訳できるか?」
「…………」
「見てみろ!やはりこいつが…」
唇を噛み締め、何も言わずに床を見つめているイリヤの側にそっと近付く。
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、ハッとしたように顔を上げた。
揺れる瞳に小さく頷いて、尚も頭を撫でてやる。
「俺はイリヤがやってないって、知ってるから」
信じてる、ではなく、知っている。
その理由を知るのはカイ自身しかいない。
そう言ってやると、有難うございます、と小さく返事が返ってきた。
リドリーがその場を納めると、ジェスはそのまま部屋を後にした。
漸く訪れた静寂に、再び対ネクロードの作戦が立てられた。
良い意見も出ず、あまり話に進展がないうちに日も暮れてしまった。
クラウスがイリヤに休むよう告げれば、ナナミと連れだって部屋を後にしようとする。
それに声を掛けて引き留めれば、彼に言うべき言葉を選ぶ。
その言葉で、彼が大きな選択を選び間違わないように願いながら。
どちらを選んでも、それは彼の人生。
けれどそれは、彼を中心とした下に集う星にも関わってくる。
イリヤの選択次第では、彼は星から外れてしまう。
彼の星が墜ちたとしても、その意志を継いだ星が空に輝く。
だがそれは彼とは全くの別人なのだ。
でも、願わくば――。
彼に幸せを掴んで欲しいと願うから。
だから、逃げずに前を進んで欲しいと思うから。
この世界ではイレギュラーな存在の自分から、彼へのアドバイスを耳元でコッソリと囁いた。
戦闘は割愛しました
2006/10/03
2009/06/15 加筆修正