約束の刻 | ナノ
 




いつまでも彼に隠しておけないことは知っていた。


だって、彼は人が思っている以上に賢いから。


でもさ、


本当に思い出して欲しい人は、


いつになったら俺のことを思い出してくれるんだろうな。










12、記憶の一致










カイたちは同盟軍に助けを求めてきたコウユウと一緒に、ティントまでやってきた。


途中、コウユウの兄貴分であるギジムに会ったが、こちらもゾンビに追われたために逃げていた途中だった。
そこで、ティントのグスタフと一緒に戦うために、山賊だけじゃ信じてもらえないかもしれない、という理由からカイたちも一緒に行くことになったのだ。
もちろん、理由はそれだけではない。
ビクトール曰く、うまくいけば味方に引き入れられるかもしれない、という言葉が最終的にティント行きを決定させた。


「ほぉ、あんたが同盟軍のリーダー、イリヤ殿か。なるほど、ウワサ通りまだ少年ではないか。さぁて、イリヤ殿。ここまでいらした用件ですが……」


グスタフの屋敷へ入った一行は、彼と会うなり今後について話し始めた。


「はっきり言おう。俺たちと手を組まないか」


一方、イリヤとビクトールがグスタフと話している間、カイは棍を抱えてその場に座り込んでいた。


「……つ、疲れた……」


思えば、この世界に来てから遠征にまともに加わったのは初めて――グレッグミンスターへ行ったときはルックのテレポートを使った――である。
ほとんど本拠地の中にいたカイは、ここまで活動したことがなかった。
いくら訓練をしていたとしても、一日中しているわけではない。
それに、訓練と遠征では運動量が全く違う。
始めのうちは多少疲れても、女の子であるナナミだって何も言わないのに自分だけ弱音を吐いては、と頑張っていた。
だが、目的地に着くなり一気に疲れが襲ってきたのだ。
座り込んだカイの側に、今回一緒に行動しているシーナが近付いてくる。


「生きてるか〜?」
「……勝手に殺すな」


カイと同じ目線になるようにしゃがみ込み、眼前でヒラヒラと手を振るシーナに力なく答える。
やはりイリヤたちと一緒に行動しているだけはある。
疲れの色が全く見えない。
カイの答えを聞いてシーナはふむ、と腕を組んだ。


「お前って見かけによらず体力ないんだな」


ほっとけ、と内心呟くが、今は返事を返すだけでも無駄に体力が奪われる。
そう思い、表情だけで不服そうに訴えるが、それは軽く流されるだけだった。


「まぁ、体力がないのは仕方ないよね。昔から体弱かったんだし」


不意に頭から降ってきた声に、カイとシーナが声の主を捜す。
すると、タギがシーナの背後にいつの間にか立っていた。


「お前、いつの間に……」
「今。話も終わったしね」


トントンと持っている棍で自分の方を叩きながら、タギが視線でイリヤたちを示す。
思わず二の句が告げられなくなったシーナは、振り返ったままの姿勢で固まっている。
そして、シーナとは違った意味でカイも固まっていた。


カイはコウアンにいた頃、確かに体が弱かった。
それは、グレッグミンスターに戻ってきてからしばらくたっても変わらなかった。
その為、タギやテッドが外に遊びに行くのを、羨ましいとすら思っていた時期もあったのだ。
それでも、暫くして体も人並みに成長した頃。
その頃になるとカイも二人と同じように外で遊べるようになったのだから、弱かった体も普通の健康体と何ら変わりはなくなった。
だから彼が昔、体が弱かったと知っているのは今となっては少数の人間だけだ。
勿論、カイの記憶を無くしているタギも、その対象から外れているはずなのだ。
いや、外れていなければならないのだ。



それならば、何故そのことをタギが知っているのか――?


思い浮かぶのはただ一つ。


記憶が、戻ったのだろうか……?




凝視するようにタギの顔を見つめていると、その視線に気付いたのか彼は困ったような笑みを浮かべた。


「あれ?違ったっけ?ていうか僕、何でそんなこと思ったんだろ?」
「おい、勝手に決めつけたのかよ」
「ん〜、おかしいなぁ」


ぽりぽりと頬を掻きながら首を傾げるタギに、カイは強ばらせていた体の力を抜いた。
どうやら記憶が戻ったわけではないらしい。
そう思うと、カイは安堵の溜め息を吐いた。


思い出して欲しくないわけじゃない。
それでも、思い出すにはまだ早すぎる。


理由はわからない。
だが、なぜかそう感じるのだ。


「それより、グスタフさんが泊めてくれるって。ここで座るより、ベッドで寝た方が疲れは取れると思うよ?」
「そうだな、そうする」


よっ、とかけ声を掛けながらその場に立ち上がり、服に付いた埃をパンパンと手で払う。
ぐるりと部屋を見回せば、イリヤやナナミは既に部屋から出て行ったらしく、その姿は見えなかった。
グスタフの姿を視界に入れると、僅かに会釈をしてから部屋を後にした。
その後からタギとシーナが続く。


「じゃぁ、俺は先に休ませて貰うけど、タギとシーナはどうする?」


ぱたん、と扉が閉まったのを確認してから、カイはくるりと振り返った。


「僕は少し街の中を見てくるよ。シーナは?」
「俺も部屋で休むことにするぜ」
「そっか、なら気を付けてな」


外へ出るというタギを見送り、カイとシーナは与えられた部屋で休むことにした。
二人で階段を上っていると、ふいに誰かの話し声が聞こえてきた。
顔を見合わせてから小さく頷くと、そっと階段を上り身を潜める。
こっそり伺ってみれば、話しているのはイリヤとナナミ、そして二人を客室に案内したマルロの三人だった。


「……リーダーで、怪物みたいな相手を倒せるぐらい強いのに……イリヤ様って、本の中の英雄みたいだ……」


何を話していたのかは良く理解できなかったが、聞こえてきた内容から、彼がイリヤのことを妬んでいることは想像できた。
会とシーナはお互い顔を見合わせて、暫く様子を見ることにした。

これで騒ぎになるとはとてもじゃないが思えない――カイは騒ぎにならないことを知っている――が、用心に越したことはないだろう。

少しして、思っていたよりも早く消えた気配に、二人は杞憂だったことにホッと胸をなで下ろした。
用意された部屋に入れば、その部屋は一人部屋であるというのに、何故かシーナまでも着いてきた。
先程タギに休むと言っていたから、てっきり部屋で休むとばかり思っていたカイは首を傾げた。


「シーナ、お前の部屋はここじゃないだろ?」
「あー……まぁ、ちょっとさ」


何処か言いづらそうに言葉を濁すシーナに、とりあえず椅子を勧める。
彼が座ったのを見ると、カイもベッドの端に座り込んだ。
何か話があるだろうことは態度で分かる。
視線を宙に泳がせながら、どこかそわそわとして落ち着きがない。


「で?シーナは何が聞きたいわけ?俺に聞きたいことがあるから、ここまで来たんだよな?」
「あれま、やっぱバレてんのね」


切っ掛けを作ってやれば、諦めたように肩を竦める。
その姿は、どこから話そうか悩んでいるようにも見えた。
何となく、話の内容は想像が付いたが、もし間違っていたらと考えるとカイは何も言えなかった。
しかし、次の言葉にごまかしておけるのもここまでか、と内心呟いた。


「あのさ、やっぱ俺、昔お前と会ってるよな?」


どこか躊躇うように、視線を彷徨わせながら問うシーナに、カイも心を決めた。


「……どこでわかった?」


質問に質問で返せば、ちょっとだけ目が見開かれた。
肯定とも否定とも取れるその返事から、事実を汲み取ったのだろう。


「さっきのタギの言葉。体が弱かったって言ってたろ?確か、小さい頃コウアンに、病弱なマクドール家の坊っちゃんが預けられてたのを思い出したんだよ」


シーナが何処か遠い過去に思いを馳せるように視線を遠くへ向ける。


そうだ。
確かに覚えている。
病弱だった母の性質を受け継いだかのように、カイは生まれたときから病弱だった。
何度生命の危機にさらされたのかも覚えていない。
それに引き替え双子の弟であるタギは、健康そのもの。
それでなくとも、母は二人を産んで間もなく亡くなってしまった。
子供二人を育てるには──ましてや片方はいつ儚くなってしまうか分からない──いささか、問題があった。

そんな折、コウアンにいた知り合いが、やはり子供を亡くしたばかりだった。
そこでテオ・マクドールは何を思ったのか、カイをその夫婦の元に託した。
カイが、元気になるまで、と。

その後、色々あって完全に健康体となる前にマクドール家に戻ってきた。
コウアンで過ごした日々は、忘れようとしても忘れられる物ではない。


「で、初めて見たのが今のお前と同じ髪だったんだよな」


何処か間違ってるか?と聞いてくるシーナに肩を竦めることで肯定する。
ここまで思い出したのなら、彼には隠してはおけないだろう。
やはりこの髪はいい意味でも悪い意味でも目立ちすぎるか。

だが、例え彼にも自分の素性が割れてしまったところで、口止めするのは忘れてはいけない。


「ルックにも言ったことだけど、タギにこのことは言わないように。勿論、他の誰にも秘密にしておいて。どこから足が着くかわからないし」
「なあ、それが地か?」
「まさか、こっちが俺の地だよ」


瞬間、過去の口調に戻るも、突っ込まれてすぐさまいつものそれに戻る。
ニッ、と悪戯っ子のように口端をつり上げれば、相手も同じように返してくる。


「約束だからな、タギには言わない。でもルックと一緒とか、俺だけのときは名前呼んでもいいよな?」
「しっかり呼ぶ気のくせに、何言ってんだか」
「とりあえず本人の了解は得ておかないとね」


拒否するつもりなど無かった。
でも、それが相手にわかられているというのも何処か癪に障った。
しかし、如何せん。
疲れが溜まっている今、自分の座っているベッドにすぐさまダイブして、そのまま寝てしまいたいという誘惑のほうが強かった。


「わかった。ルックと三人でいるときなら」
「やったね。んじゃ、俺も部屋で寝るわ。おやすみ〜」


パチン、と指を鳴らしてから小さくガッツポーズをするシーナの姿に、思わず笑みを零してしまう。
その後、部屋に戻るというシーナをその場で見送ると、カイはそのまま倒れるようにベッドに寝転んだ。
思っていた以上に体は疲れていたのだろう。
横になるなり、眠気はすぐさま訪れた。





シーナのように、早くタギも思い出してくれればいいのに。










2006/10/03
2009/06/15 加筆修正



 
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