約束の刻 | ナノ
 




タイミングってのは中々難しい。


実際に会えたのは嬉しいけど、


彼女は何をどこまで知っているのか底が知れない。


しかし、腐っても元天魁星。


お前、そんな性格だったっけ?










11、下準備










三人がいなくなっても尚のんびりとお茶を啜る。


「……随分と余裕だね」


そんなカイを見て、ルックは自分の分のお茶を煎れ直しながら言った。
その言葉に、お茶を飲む手を止めてルックを見やる。


「余裕って、何が?」
「アンタはこの戦いが終わるまでに、あいつの記憶を取り戻さなきゃならないんだろ?その割には、余裕じゃないかって言ってんの」


カイの態度にカチンと来たらしいルックは、ぶっきらぼうに言葉を紡いだ。
そんなルックに、どう答えたもんかと考えながら、カイは自分の作ったパイを一口頬張った。
タギが懐かしいと言ったパイの味は、カイにも懐かしい記憶を思い出させた。


まだ幸せだった頃。
タギがいて、テッドがいて、グレミオがいて。
何より、父のテオ・マクドールも存命だった頃。
自分が数年ぶりにグレッグミンスターに戻ってきて暫くしてから、お茶の時間に出る甘いケーキに飽きてきていた二人に、甘くないケーキでいいなら、と作ったのがミートパイだった。
あの頃は見た目もあまり綺麗じゃなく、たまに失敗もしていたが、それでも二人は美味しいと言って食べてくれた。
そういえば、食べ損ねたと言って子供のように拗ねたテオに、後からわざわざ作ってやった記憶がある。


「焦ったって仕方ないしな。まぁ、あまり時間がないから、こうやって小細工したら思い出さないかな〜とか思ってるんだけど」


何が切っ掛けで思い出すかわからないからね、と付け加えながらパイを完食すると、テーブルの上を片付け始める。
幸い、今回のことはタギの記憶に引っかかったらしい。
このまま芋蔓形式で思い出してくれるとは限らないが、切っ掛けになればいいとは思う。

一つを思い出すと、まるで閉められていた栓が開いたように、次から次へと思い出すこともあるらしい。
そうなってくれれば嬉しいが、きっとタギ相手にそれは望めないだろう。
グレミオの話に寄れば、タギがカイのことを忘れたのは終戦した後のこと。

そういえば、テッドはウィンディと共にタギの前に現れたのだから、自分のことを何か話さなかったのだろうか。
そう思ったが、直ぐさま無理かと諦める。
ブラックルーンに操られていたテッドが正気になったのは、側にソウルイーターがあったから。
しかも、それだって限られた僅かな時間でしかない。
その僅かな時間でソウルイーターに自身を喰われたテッドに、カイのことを話す時間があったとは思えない。


「そんな簡単に記憶なんて戻るわけ無いだろ」
「まあね。だから、思い出して貰うためにも、そろそろイリヤたちと一緒に行動しようかと思うわけですよ」


空いた皿を重ねてトレーに乗せるカイに、ルックの視線が光る。


「カイ、アンタ一体どこまで知ってるのさ」
「……それはどういう意味かな?」


滅多に呼ばれない自分の名前に、思わずカイの動きが止まる。
自分が知りたいときにだけ名前を呼ぶのは卑怯じゃないかと思いながら、平静を装って問い返す。
内心は心臓がドクドクと高鳴っている。
妙に賢いルックが、どこまで自分のことを探っているのか分からないからだ。
例えレックナートが話していなくても、ルックなら自力で答えを見付けようとするだろう。


「言葉通りの意味だよ。アンタはこの戦いの行く末を知ってるんじゃないの?」


ルックの鋭い考察に、思わず拍手を送りたくなった。
だが、ここで話すわけにもいかない。
何故なら、今の時点でまだ未来は決まっていないのだ。
どちらへ進むのかは、これからのタギ次第。
そして、今回の遠征には大きな決断が待っている。



それは一つの命が天秤に掛けられる決断。



その星が墜ちても、その志を受け継いだ星がそこに収まることになる。
だからといって失われていい命など、あるわけがない。
出来ることなら前に進んで欲しいが、こればかりは本人の意思だ。
誰かが言ったところでどうなる物でもない。


「俺はレックナートみたいに星読みじゃない。未来は、わからないさ」
「……仕方ないね。そういうことにしといてあげるよ」


嘆息一つつきながら言われた言葉に、どこか引っかかるものを感じたが敢えて気付かない振りをした。
ルックがお茶を飲み終わるのを待つ間に、すっかり片付けを終えてしまうと、カイは使った食器を片付けるためにレストランへと向かった。
当然、石版の前へ戻るルックも途中までは一緒である。
ルックと別れてからレストランで食器を片付ければ、後は部屋へ戻るだけである。

部屋と言っても個室ではない。
さすがに個室がもらえるのは大将クラスの人間と、上層部にいる人間だけだ。
クラウスとキバの親子も、二人で一室である。


「さて、と。ゾンビが相手となると接近戦はしたくないから、やっぱり弓かなぁ」


ゾンビと言えば聞こえはいいが、結局のところ腐った死体である。
その匂いもさることながら、見た目が耐えきれない。
紋章が使えれば、紋章を使って一網打尽にすることも考えるが、生憎カイは生まれてこの方、ただの一度も紋章を使ったことがない。

ぶつぶつと呟きながら、今後の展開を思い出していれば、そう言えばとその場に足を止めた。
確かティントには後から仲間がやってくるはず。
一度でもゾンビと戦ったことのある者ならまだしも、それ以外の人間では少々骨が折れるかもしれない。


「予定変更」


一人で呟くと、カイは本拠地の商業地区へと足を運んだ。










「あら、いらっしゃい」


そう言って、妖艶な笑みを浮かべるのは紋章師であるジーン。
ゲームをプレイしているときから目のやり場に困ると思っていたが、実際にその姿を見ると想像以上である。


「それで、用件は?」
「あ、ああ。紋章を……って、あああああっ!」


何とか我に返り、目的の紋章を見せてもらおうと思ったところで、カイは重要なことを思い出した。

封印球を札に変えて、後からやってくる仲間に持たせようと考えていたのだが、肝心の札造り職人がまだいない。
仲間にするのはこれから行くティントでだ。
どうしてこう重要なときに使えないのか、とカイは頭を抱えてその場に蹲った。


「どうかしたのかしら?」


クスクスと微笑むその姿さえも、色気が溢れている。
ビッキーに引き続き、ジーンも謎の人物の一人である。


「いや……紋章を札にしてもらおうかと思ったんだけど、ラウラがいないことを思い出してさ」
「あら、彼女を知っているの?」
「あー……まぁ」


そういえばラウラとジーンは友人だったか、といらないことを話しすぎた自分に舌打ちする。
ここで深く追求されてしまえば、自分は答えられない。
第一、知っているのは名前とその職業だけだ。


「そう、あなたが……なら今回はサービスしてあげるわ」
「サービス?」
「少し待っていて頂戴」


一層笑みを深めるジーンに、一体何のことかと首を傾げる。
けれど、それを尋ねる前にジーンは店の奥へと姿を消してしまった。
待つこと数分。
ジーンは店の奥へ行ったときには持っていなかった物を持って、カイの前に現れた。


「欲しかったのはコレでしょう?」


カウンターに出されたのはカイが欲しかった物。
どうして、という思いでジーンを見れば再び微笑みが返される。


「本当は五行の眷属以外、札には出来ないんだけど」
「どうして……」
「言ったでしょう?今回はサービスしてあげる、と」


あの言葉はそういう意味か、と理解する。
だが、そこではた、と違うことに思い至る。
どうしてジーンが自分の欲しい物を知っていたかも疑問だが、五行の眷属以外は札に出来ないと言いながら、どうしてそれができるのだろうか。


「どうかした?」
「い、いえ……何でもないです」


これ以上何かおかしなことを口走る前にと、カイは金額を払って出ようとした。
けれど、代金はいらないと言われてしまい逆に困ってしまう。
いつまでも話が平行線なので、カイは破魔の封印球の金額を置いて行くことにした。










目的の物を手に入れ、割り当てられている自分の部屋へ武器を取りに戻ろうとしたカイは、前方に見慣れた姿を見つけた。
もちろん、それはティントへ向かおうとしているイリヤたちなのだが。


「あ、いたいた。テッドさ〜ん!」


手を振りながらカイの方へ小走りでやってくるイリヤの姿は、まるで犬のように見える。
そう思いながらイリヤに耳とシッポが付いた姿を想像して、思わず吹き出してしまう。
あまりにも似合いすぎる。
自分にはそんな趣味はないはずだが、可愛いと思ってしかっても仕方がないだろう。


「どうかしました?」
「いや、何でもない。んで、俺になんか用?」


自分の姿を見るなり吹き出されたイリヤは、不思議そうに首を傾げている。
笑いを堪えながらも平常心を装うことが出来たのは、一重にタギがイリヤの背後にいたからだろう。


「えっと、今度ティントに行くんですけど、一緒に行きませんか?」


思ってもみない誘いに、言う暇が省けたとカイは返事二つで返した。
一度部屋に武器を取りに戻ると告げれば、自分の目の前には見覚えのあるそれが出される。
いつの間に持ってきたのか、それを差し出しているのはタギである。


「君の武器はコレだよね?」


にっこりと英雄スマイルで言われれば、カイは素直に頷くことしかできなかった。
なぜなら、タギのその目は「自分一人だけ楽しようなんて考えてないよね?」と無言で訴えていたからだ。
さすが、恐るべし元天魁星。


諦めて大人しく自分の棍を受け取れば、カイたちはティントを目指すこととなった。










2006/09/09
2009/05/21 加筆修正



 
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