約束の刻 | ナノ
 




進むのが険しいその道の前に、


立ち止まることもあるかもしれない。


だけどいつまでもその場所で立ち止まることはできないから、


いつかは、前に進まなきゃならないから。


でも、どうしても進めないときは、


仕方ないから少しだけ、背中を押してやるよ。







10、追懐










和平交渉が決裂した後──イリヤ達が本拠地に戻ってきた翌日──カイはある場所を目指していた。
そんな中、いつも同じ場所に居座る人物の頭を上から見つけ、しばし逡巡すると足をそちらへ向けた。


「相変わらず暇してるみたいじゃん、ルック」
「大きなお世話だよ。それより、何か用?」


声をかけたときに向けられた視線も、カイの姿を確認するなりつい、と逸らされる。
愛想がないなぁ、と呟きながらそれでもカイは諦めなかった。

何せ、カイの事情を知る唯一の人間がルックだから。
更に言うなら、彼の来たるべき未来を知っているから、ということもある。


「今からイリヤたちを慰めに行こうと思うんだけど、ルックもどう?」
「あいつの部屋は逆方向だけど?」


ニッ、と笑みを浮かべながら誘ってみれば、ルックはカイが来た方向とイリヤの部屋を思い出し、呆れたようにカイを見た。
軍主であるイリヤの部屋は、現在四階にある。
もう少し仲間が増えれば本拠地も変化するだろう。
そうなると彼の部屋は最上階である五階になる。
これはきっと、刺客や賊などの侵入を警戒してのことだろう。
そんな中、エレベーターが存在している事実が嬉しかった。

たとえエレベーターの原動力が何であったとしても、だ。


「まぁ、慰めるためのアイテムを取りにレストランにね」
「レストラン?餌でつるつもり?」
「そんなとこかな。んで、ルックも行かない?」


カイの誘いに多少考える様子を見せたルックに、あと少しと内心笑みを浮かべながら根気強く答えを待つ。
ここで強引に連れて行こうものなら、もれなく切り裂きとまでは行かないが、辛辣な毒舌が来るのは日頃のシーナの行動を見ていれば学習できる。


「あそこの料理、マズイんだよね」


ボソリと呟かれた言葉に、胸中でよっしゃぁ!とガッツポーズを作る。
レストランの料理はマズイ。
そう言うのはルックだけだろう。
カイからしてみれば、そこまでマズイとは思えない。
むしろ、戦時中でありながらあそこまでのメニューがある方が凄いと思う。
何にせよ、ルックを食べ物でつるつもりなら、レストランの料理以外ならいいのだ。


「大丈夫だって。作ったのは俺だし?」
「……だったら少しはマシかもね」


満面の笑みを浮かべながら自分の胸を叩いてみせると、ルックは諦めたように嘆息をつきながらも、次の瞬間にはニッと悪戯に笑みを浮かべてカイの側へと近付いた。
いつぞや、お互いに作ったお菓子を振る舞うという話になり、先日二人でその腕前を披露し合ったのだ。
結果、カイはルックから合格点をもらうことに成功した。
ルックは手放しで褒めるということはしない。
そんなルックが「マズくはない」と言うのは、裏を返せば美味しいと言ったも同然。
こういうのがツンデレなんだろうなぁ、としみじみと思ったカイである。

その後二人は軍主たちを慰めるためのアイテムを取りに、レストランへと向かった。















イリヤの部屋には部屋の主であるイリヤの他に、ナナミとタギの姿があった。
先日、ミューズで起きた一件に落ち込む姉弟の姿に少し前から、さてどうしたもんかと考える英雄である。
あの状況ではあれが最善の策だと言ったところで、この姉弟は納得してくれないだろう。
かと言って、下手に言葉を掛けるのも得策ではない。
そうなると黙って様子を見ているしかできなかった。


「ピリカちゃん、大丈夫かな……」


ベッドに腰掛けてぽつりと呟くナナミの声に、いつものような元気はない。
そんな義姉の様子にイリヤが声を掛けようとした時だった。
トントン、とドアをノックする音と同時に「手がふさがってるから開けてくんない?」という、どこか抜けた声が聞こえてくる。
ドアの近くにいたタギが目だけでイリヤにと訊ねると、彼は頷く事で返事を返した。
それを見てからドアを開けてやれば、現れたのはカイとルックの二人。
手がふさがっているというのは間違いではないようで、カイの手にはトレーに乗った蓋をされた大きめの皿かと小皿やフォーク。
ルックの方もトレーを持っているが、こちらには茶器が乗っている。


「とりあえず、落ち込むのはわかるけどピリカは無事だし、いい加減機嫌直そうぜ?」


言いながら、部屋の中央にあるテーブルにトレーを置くと、カイはベッドに座っているナナミへ近付いた。


「ピリカが無事って、どうしてわかるんですか?」


イリヤの厳しい問いに、チラリと振り返る。
その顔は納得がいかないと言っている。
それはそうだろう。
カイは和平交渉にはついて行かなかったし、この場も誰もが、あれ以降の状況を知っているわけでもない。
ただ、カイがシュウに進言したことを知っているタギだけは違った。
どこか探るような瞳は鋭い。
その視線が、まだカイを信用していないと言外に言っているようだ。


「まぁ、ジョウイがピリカに何かするとは思えないし?それに今回はピリカも納得して行ったわけだし、切っ掛けが何であれ声を取り戻すこともできたんだ」
「本当っ?」


カイの言葉に、ナナミが顔を上げる。
ルカの凶行を目の前にしたショックで声を失ったピリカ。
そのことに心を痛めていたのは、他の誰でもないイリヤとナナミ、そしてジョウイの三人だ。

それに笑顔で応えながら、その頭を優しく撫で視線が合うようにその場にしゃがみ込む。


「勿論、本当のことだ。だから、いつまでも落ち込んでないで前を向かなきゃ。ってことで、お茶にしよう!」


ナナミの手を引いてテーブルへと向かえば、既にタギとイリヤは席に着いていてルックがお茶を煎れている。
流石、レックナートの世話をしてるだけはある、と内心で褒めながらカイは大きめの皿の蓋を外した。
そこから現れたのはホールのミートパイ。
それを人数分切り分けて小皿に分け、それぞれの目の前に置く。


「テッドさん、もしかしてコレって……」
「うそうそうそっ!信じられないっ」


目の前に置かれたパイをマジマジと見ると、それに気付いたイリヤとナナミが信じられないといったようにカイを見つめる。
それに少しだけ得意げに胸を張ってみせる。
どうやらこの二人は知っていたらしい。


「これがどうかしたの?」


ただ一人意味がわからないタギが首を傾げる。
すると、ナナミがくるりとタギの方へ顔を向けた。


「あのねっ、ここ最近レストランで週に一回、限定百個のケーキセットがあるの。それがすっごい美味しいんだけど、人気があって中々食べられないんだよ〜!」
「へぇ、そうなんだ」


ナナミの説明を受けて「これがねぇ」とパイをしげしげと見つめるその姿は、どこか信用していないように見える。

手荷物はテッドにもらった武器だけ。
さすがに城の外へ出てモンスター退治は自信がない。
そんなカイがどうやったら金を稼げるかと考えて出てきたのが、アルバイト。
時折ハイ・ヨーに厨房を借りてケーキを作り、それを商品としてレストランに並べているのだ。
戦争真っ只中の現在、女子供も多く存在するこの城で、お菓子と呼べる物はたかがしれている。
だからこそ、少しでも心の潤いになれば、とシュウにケーキ片手に直談判に行った。
詳しくはハイ・ヨーと決めろと言われたので、そこから先は彼と相談した。
あまり量は作れないので週に一度の限定品。
出来ることなら名前を出さないで、というカイの希望の元に出来たのがこのケーキセット。
やはり甘い物に目のない女性にはウケがよく、甘い物が苦手な人でも食べられるようにと甘さを抑えた物を作れば、たちまちそれが売れ始めた。
最近はあまりの人気に毎日作ってくれ、とハイ・ヨーに言われるのだが、遠征について行くとなるとそれもままならない。


「テッドさん、一体どんな魔法使ったんですか?今日はケーキセットの日じゃないですよね」
「ん?秘密。さ、折角ルックがお茶煎れてくれたんだし、冷めないうちにもらおうぜ」
「「はいっ!」」


嬉々として声を上げる二人に、血は繋がって無くてもやっぱり姉弟だなぁと笑みを漏らす。
そう思ったのはタギも同じようで、二人を見る目が優しい。


「ん〜、美味しいっ。中々食べられないから、すっごく嬉しい〜。ねっ、イリヤ」
「うん、僕なんかやっと食べられたよ。いっつもすぐ売り切れちゃってさ。もっと出せばいいのに」


パイを一口食べて、そう感想を漏らすイリヤとナナミに、カイはホッと胸をなで下ろす。
先程までの態度とは百八十度違うそれに、自分の行動は間違ってなかったと確信する。
そして、今回イリヤたちを慰めるために持ってきたパイは、もう一つ目的があった。


「あれ、この味……」


一口食べて出たタギの言葉に、カイは自然と耳を傾ける。
それは、イリヤやナナミ、ルックにしても同じようでタギの次の言葉を待っている。


「懐かしい味だね。昔と変わらない」
「マクドールさん、前に食べたことあるんですか?」
「え……それじゃ、コレを作ったのってグレミオさん?」


タギの言葉に、イリヤとナナミの質問が飛び交う。
ルックはチラリとカイを見た。
そんなルックの視線に気付いたカイは、こっそりと唇に指を当てた。
ここで自分の正体を明かしてしまっては元も子もない。


「いや、グレミオが作るケーキはどっちかというと甘いのが多くてね。僕とテッ……いや、親友がそれに飽きてた頃に、作ってもらったんだ」
「作ってもらったって、誰にですか?」


純粋な疑問にイリヤが訊ねれば、ピタリとタギの動きが止まる。
そのまま考え込むように腕を組んでパイを見つめる。


グレミオの甘いケーキに飽きてきた自分とテッドに、甘くないケーキと言ってミートパイを作ってくれたのは誰だったろうか。
おぼろげな姿は、自分とそう変わらなかったような気がする。
だが、顔がわからない。
顔だけじゃない、名前もその声も。
あれは、誰だったのだろうか──。

黙り込んだまま、じっと身じろぎしないタギに、イリヤがうろたえ始める。
自分の些細な一言が、こんなにも悩ませるものだとは思っていなかったのだ。


「あ、あのっ」
「イリヤ殿、いらっしゃいますか?!」


不意に破られた静寂。
どこか慌てたような口調に、何かあったのかとその場の全員が眉を顰める。
タギを見れば、既に椅子から立ち上がりいつでも動ける体勢になっている。


「いるよ。どうかしたの?」
「それが、山賊が何でもイリヤ殿に話があるらしいんですよ。何でも、ティント市が大変だとか……」
「わかった、今行くよ」


扉越しに答えると、イリヤも椅子から立ち上がった。
イリヤとタギはお互い顔を見合わせると一つ頷き、すぐさま部屋を出て広間へと足を向けた。
その場に残ったのはカイとルック、そしてナナミの三人。
だが、そのナナミは自分の食べていたパイを全て食べてから、カイとルックに「片付けお願いね」と言ってイリヤたちの後を追って行ってしまった。
そうなると、残されたのはカイとルックの二人のみ。
カイはナナミを見送った後、のんびりと冷めてしまったお茶を啜った。










中々話が進まない……
2006/09/09
2009/05/21 加筆修正 



 
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