約束の刻 | ナノ
 




子供はいつだって大人の都合に振り回される。


でも子供にだって選ぶ権利はあるだろう?


ゲームの中なら仕方ないって諦めるけど


実際に自分がその場にいたら


絶対に、彼女の意見を尊重させたいって思ってた。


たとえ結果がわかっていたとしても……。










9、和平交渉










すっかりと太陽が昇りきった頃。
カイが石版の場所へと足を向ければ、そこにはルックとシーナが何か話し合っていた。


「おはよ。ルック、シーナ」
「よっ」
「……僕の記憶が確かなら、今はすっかり昼なんだけど?」


声を掛けながら階段を下りるカイにそれぞれ声がかかる。
ルックの声に何処か棘があるが、それをさらりと聞き流し二人の前に立つ。


「てか、妙に騒々しいけど何かあったわけ?」


周囲を見回しながら問いかける。
日常の喧騒ならいつものことだが、今日のそれはいつもとは違う。
どこかピリピリとした緊張感のような物が辺りに漂っているのだ。
そのせいか、いつもなら聞こえる子供の無邪気な声が聞こえない。


「あぁ、まぁ、何かあったって言えばあったって言うか……」


妙に語尾を濁すシーナに首を傾げる。
それほどまでに言いにくいことなのであろうか?
それとも、カイが部外者だから言えないことか。


「あ」


視線を彷徨わせていたシーナが何かを見付けて声を上げる。
それを聞いてカイとシーナが視線を向ければ、そこにいたのはハイランドの知将クルガン。
少々老けている感が否めないが、確かあれでもまだ二十代だったはず。
今であれほど渋いのならば、年を取っても渋いままなのだろうなぁ、などとカイは見当外れの感想を持つ。
彼は視線を向ける三人を見ると、軽く頭を下げてその場を通り過ぎていった。
カイがクルガンの姿を見て思い出したことは一つしかなかった。


「……和平交渉、か」
「何だって?」


去っていくクルガンの背中を見つめながら呟いたカイにルックの声がかかる。
だが、ルックの声はカイの耳に届いていなかった。


「ゴメン、用事思い出したから俺行くわ」


クルガンへ視線を向けたまま呟くと、カイは軽く手を挙げてその場から走り去っていった。


「何かあったのか?」
「さぁね、僕が知るわけないだろ」


風のように去っていったカイを呆然と見送りながら、ルックとシーナはその場に立ちつくしていた。










一方その頃。
クルガンが去った後の大広間では未だに意見が飛び交っていた。


「だーかーらー!ハイランドと休戦協定を結べばこの戦いは終わるんだってばっ」
「しかし、ジョウイ・ブライトには軍師レオン・シルバーバーグが付いています。油断はなりません」
「和議が本当ならチャンスです。今なら有利な条約を結ぶことが出来ます」
「だが、これが罠でイリヤ殿を失えば我々はどうなるのだ!第一、ハイランドの人間が約束を守るとは思えん」
「そ、そんなぁ。ジョウイはそんな子じゃないよ」


イリヤを筆頭に、クラウス、アップル、テレーズ、リドリー、ナナミが言い合っている。
そこから少し離れた場所で傍観しているのはシュウ、ビクトール、フリック、そしてタギだった。
いつまでたってもまとまらない会話に痺れを切らしたのか、シュウは溜息を吐くと一歩前に進み出た。


「このままでは埒があかん。イリヤ殿、ここはリーダーである貴方が決めるべきでしょう。貴方はどうしたいのですか?」


シュウの言葉にその場が静まる。
イリヤは一歩シュウの前に進み出た。
ぎゅっと軽く両手を握り、真っ直ぐにシュウを見やる。


「ミューズへ行く。僕はジョウイを信じたい」
「貴方がそう言うなら止めはしません」
「ありがとう、シュウ」
「イリヤ、一緒に行く人達に声かけてこよう!」


話が終わるやいなや、イリヤはナナミに連れ去られるように大広間から姿を消した。
それに続いてテレーズやリドリーも大広間から出て行く。
一度話が纏まってしまえば、それ以上何を言っても結論は変わらないからだ。


そんなイリヤ達と入れ違いになる形で、カイはひょっこりと大広間に顔を見せた。
ただし、姿を見せることはなく、あくまでも様子を見るようにこっそりと。
イリヤ達が広間から出て行ったということで、既に話は終わったのだとわかる。
その場の空気も普段と変わりがないように見える。
だが、この場に残っている人がいるという時点で、まだ話は終わっていなかった。


「……マクドール殿、貴方は今回の話をどう見ますか?」
「一応僕は部外者のはずなんだけどね……」


小さく肩を竦めながら言うタギは、ナナミの勢いに大広間から出て行くチャンスを逃してしまったことを後悔していた。
部外者と言いながら上層部の重要機密に関わるというのはどうだろう、とその場にいる誰もが思ったが、口に出すとその後が怖いので誰も口には出さない。


「相手はあのレオンだし。十中八九、罠だろうね」
「やはり、そうですか」
「オイオイ、罠だってわかっててイリヤが行くのを止めないのか?」
「まぁね、僕はあくまで部外者だし?それに、イリヤが前に進むためにはこうした方が一番手っ取り早い。もちろん、軍師殿は当然策を用意してるんだろう?」


にっこりと笑顔で言われてしまえばビクトールもそれ以上は何も言えなくなった。
鮮やかすぎるその笑みの背後に、何か黒いオーラが見えるのは気のせいではないとその場にいる誰もが思ったことである。


「あぁ、それについては考えてある」
「けど、一応本人の承諾は取ってからにして欲しいなぁ。軍師サン?」
「誰だっ」


不意に聞こえてきた声に、誰もが振り返った。
その視線の先にいたのは、ヒラヒラと手を振りながら歩み寄ってくるカイの姿だった。


「おまっ、いつからココに?」
「ん?軍師サンがタギに質問した辺りからかな」


わけがわからない、といったフリックの問いに少し考えるようにしてから答えると、カイはシュウを真っ直ぐに見た。
顔は笑っているが、その瞳だけは笑っていない。


「さっきも言ったけど、それを実行する前にちゃんと本人に確認してほしいんだよね」
「……お前は俺がどうするかわかっているのか?」
「わかってなかったらこんなこと言わないって」


苦笑を浮かべながら小さく肩を竦めてみせる。
本人の承諾を取れと言っている割には、何処か諦めの混じるその様子から、シュウはカイが確かに自分の策を悟っているのを感じた。
多分、彼が何を言っても自分はこの策を実行するとわかっているのだろう。
けれど、いちいち事前報告をしていては策にはならない。
知る者が少なければ少ないほどいい結果を招き入れることが出来る。


「だが、本人に承諾と言っても、その本人がアレでは仕方あるまい?」
「話すことは出来なくても、意思の疎通くらいは出来るだろ?」
「今から話したところで、快い返事が返ってくるとは思わん」
「それは日頃の行いの悪さが物を言うんだよ」
「何だと?」



一触即発。


まさにこの言葉は今、この場のためにあるんじゃないかとこの場にいる何人が思ったか。


「とりあえず、今はそのくらいにしたら?ここの二人が理解できてないみたいだよ?」


突然割って入った声に、カイもシュウも我に返った。
シュウが今は今回の策について話している最中だった事を思い出したのだ。
そして、タギの言葉を思い返して、ふと眉を顰める。
今の言葉からすると、タギもシュウの策を知っているような口振りだ。


「マクドール殿、失礼ですが今回の私の策について、何か心当たりでも?」
「まぁ、貴方が何をするか位は予想できるよ。これでも少しだけどマッシュとレオンから師事は受けていたしね」
「そう、ですか」


タギの口からそう聞いてシュウは頷くしかなかった。
小さく嘆息を付いてから、シュウはフリックとビクトールのほうを振り返った。
未だに会話の内容について行けない二人は、よくわからないといった表情を浮かべている。


「……ビクトール、フリック。お前達に頼みがある」


一言、そう告げればビクトールはガシガシと自分の頭を掻きながら何とも言えない顔をした。


「……どうせよからぬことだろう」
「それが俺の仕事だからな」


ビクトールの言葉に、シュウは口端を斜めにすると今回の策を二人に話し始める。
それを見ながら、カイは面白くないのを感じていた。
いくら軍師だからと言って、本人の了承もなく幼い子供を使うのはどうかと思う。
かと言って了承を取ればいいというわけでもないが。
確かに、今回の件に関してはイリヤやナナミの気持ちはどうあれ、結果として良かったと思えることなのかもしれない。
それでも、カイはここでピリカを使うことに本人に何一つ説明もないのは酷いと思っている。


「……ということだ。頼めるな?」
「それは構わないが……」
「でも、いいのか?」


シュウからひとしきり話を聞いた後、ビクトールとフリックは困惑したように問うた。
その視線は、時折カイの方へと向けられる。
説明を受けて、ようやくカイが何のことを言っていたのかわかったからである。


「……ピリカはちゃんと自分の意志でミューズに行くことを決めたよ」


諦めたように溜め息を吐きながら呟けば、今度はカイへと視線が集まる。


「どういうことだ?」
「一応、ね。説明はしたってこと」


その言葉でシュウは全てわかったのだろう。
そうか、と一言頷くと再びフリックとビクトールに視線を送る。
それは既に断ることを良しとしてはいなかった。
ビクトールもフリックも、了解の意味を込めて肩を竦めてみせると、それで話は終了したらしい。


「じゃ、僕はこれで」


そう言って大広間から出て行ったタギに続いて、ビクトールとフリックも出て行く。
それじゃ自分も、と大広間から出て行こうとしたカイの背中に、シュウの声がかけられる。


「お前、確かテッドと言ったな。お前は一体何者だ?」


その目には明らかに不審を抱いている。
人捜しのためだけに旅をしているにしてはどうしても思えない。
シュウの目にカイは確実に何かしらの教育を受けているように見える。
実際、過去に教育は受けていたのだが、敢えて言うほど事でもない。


「何者って、それは俺が一番知りたいのかもな」
「何?」


口の中で独りごちたそれは、シュウの耳までは届かなかったらしい。
カイ・マクドールとして生を受けたにも関わらず、何の因果か現在はテッドとして存在している。
もしこのまま、タギが自分を思い出してくれなければ残りの生涯はテッドとして過ごさなければならないのだろうか。
それか、ジョウイがそうしたようにマクドールの名を捨て、誰も知らない場所でただのカイとして過ごすのか。
先の見えない未来のことを思っても仕方がない。
そう思って小さく頭を振ると、カイはシュウを振り返った。





「俺は俺だよ。それ以上でも、それ以下でもない」





そう答えると、カイは大広間から出て行った。

同盟軍とハイランド軍の和平交渉が失敗に終わったのは、それからわずか一週間後のことだった。










和平交渉はこれにて終了!
2006/07/24
2009/04/13 加筆修正



 
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