約束の刻 | ナノ
 




聡明なのは嫌いじゃない。


多かれ少なかれ、人には人の事情がある。


例えばキミがずっと抱えていることのように。


でも、そうだな。


くじけそうなときには、その名前を言って。


俺が誰なのか、何をしなければいけないのか、思い出させてよ。










8、秘密保持者










質問の意味を答えようとするタギを横目に、答えを待たずにテーブルから離れようとすれば、空いている手をルックに掴まれた。


「ちょっと、言いたいことだけ言って逃げるつもり?」


自分の問いに答えていない、とその目が語っている。
これでは話すまで解放してもらえなくなりそうだ。
それでなくとも、この短時間で問題発言を繰り返している。
これ以上この場に留まるのは、得策ではない。

やれやれと溜め息を吐きながらも、カイが答えたのは一言だけ。


「三年前はクレイドールをどーも」
「何だって?」


それだけ言うと、ルックの手から綺麗に逃れて、今度こそカイはテーブルから離れた。
残された面々はカイの後ろ姿をただ見送るだけだった。


「え?え??一体どういう事?」
「マクドールさんって、兄弟いたんですか?」
「つーか、とりあえずテッドはやっぱり偽名だったんじゃねえか!」
「…………」
「三年前……クレイドール?」


それぞれが個々の思いを口にしたり、態度で示している。
その中でもタギとルックは深刻だ。
じっと一点を見つめて考え込んでしまったタギと、ブツブツと何事かを呟くルック。
それはある意味、異様な光景とも言えた。


「ちょっと、アンタ」
「何?」


一言も喋らずに沈黙しているタギに、ルックが小さくロッドでつつく。
それに気付くと、今はそれどことじゃないという空気が返ってくる。
だが、それくらいで怯むようなルックじゃない。


「アンタが三年前に星見の結果をもらいに来たとき、誰が一緒だった?」


突然聞かれた三年前の話。
あの時はまだ、世間という物を何一つ理解していなかった。
幸福な時間、と言えば聞こえはいいが、全てが始まったのはあの時からだったのかもしれない。


「魔術師の塔に行ったとき?」
「そう」


ルックの問いに、それまで考えていたことを一時中断して、過去の記憶を紐解いていく。
まだ幼いフッチとブライトの背に乗ったのは、自分とテッド、グレミオ、クレオ、パーンだったはずだ。
初めて乗った龍の背と、初めての任務ということもあって、少しだけ緊張していたのを覚えている。
そして、その緊張を解してくれたのがテッドと……。


「あれ?おかしいな。あの時はテッド、が……」


何やら記憶が混同しているのか、それ以上のことが出てこない。
ルックにしてみれば、他人の記憶などはどうでもよかった。
必要なのは、自分が聞きたい情報だけ。


「ねえ、その他にもう一人、アンタと同じくらいの黒い頭のヤツがいなかったっけ?」


あまりよく覚えていないが、タギの少し後ろに控えるようにして、もう一人いたような気がする。
だが、タギが口にした名前は自分もよく知っている人たち。
決してもう一人の名前ではない。


「え?いないよ。僕と同じくらいなのはテッドだけだもん」


けれど返ってくる答えはやはり自分が求める答えではない。
となると、やはり先程カイがタギが忘れていると言ったことは事実なのだろう。
そして、タギが忘れている物を、自分は覚えているかもしれない。
再び自力で思い出そうと、キーワードを一つ一つ上げていく。


三年前。
クレイドール。
レックナート。
テオ将軍の息子のタギ・マクドール。
テッド。


そこではた、と思い出したことが一つ。
初めて解放軍の本拠地へ行った際に、自分がタギにした質問と答え。


「そういうことか……。悪いけど、僕は先に行くよ」


何かを思い出したのか、勢いよく椅子から立ち上がったルックは珍しくも自分の足でレストランからカイを追った。
カイとルックが去った後、一つのテーブルで難しい顔をしたイリヤ達が考え事をしている姿を多くの人が目撃することとなった。


「……てか、いい加減治療してくれ……」
「っ……それもこれも、全部ビクトールのせいだろうが……」


半分泣きながら、床と一体化した腐れ縁二人が治療されて元のようになるのはもうしばらく後の話。















レストランを出て、とりあえずどこへ行こうかと考えていたカイは、後ろから聞こえてくる足音に思わず足を止めた。
ぱたぱたと聞こえる音は軽く、複数の物ではない。
追ってきそうな人物を思い浮かべながら、カイはその人物を待つために、壁に背を預ける。
転移魔法使ったら早いのに、とも思ったが、移動している人を座標に合わせるのは難しいのかもしれない。
魔法兵団長がわざわざ自分を追いかけてくれたのだ。
それに敬意を示して足を止めてもいいかもしれない。
少し待って現れたのはカイが思っていたとおりの人物――ルックだった。


「や。やっぱり来ると思ったよ」


目の前に現れたルックにひらひらと手を振れば、肩で息をしたまま睨み返された。
随分と息が上がっている。
やはりルックの体力がないのは、ゲームでも現実でも変わらないのか。
損なことを考えながら、そのままルックの呼吸が落ち着くのを待つ。


「落ち着いたかい?」
「うるさいよ。それより、話があるんだけど勿論付き合うよね」


有無を言わせぬ口調で言えば、そう言われるのがわかっていたのかカイは両手を上に上げて見せた。
すると、ルックが持っていたロッドから光が発せられる。
これが転移魔法か、と思っていれば、一瞬にして周りの景色が変わった。
それに小さく口笛を吹く。
ルックの転移魔法で付いた場所は、どうやら彼の部屋のようだった。寝台と小さなテーブルと椅子。本棚以外は見あたらない、殺風景な部屋。
椅子を勧められて腰掛ければ、ルックも空いている椅子に腰掛ける。


「あんた、一回会ったことあるよね?」


探るような問いに、カイは内心拍手した。
三年前に一度会っただけ。
しかも、名乗りもしなかった自分を憶えていたらしい。
正確には記憶の隅に引っかかっただけかもしれないが。

きっと三年前とクレイドールのヒントから導き出したのだろう。
三年前、星見の結果を受け取りに魔術師の塔へ行った際、現れたルックが召還したクレイドール。
それを倒した後、延々と階段を上らされたのは今も記憶に鮮やかだ。


「会ってるね〜」
「その時とは姿が違うようだけど?確か、あいつと同じ黒髪だったよね?」
「そこんとこはちょっと秘密で。でも、この姿が本当の俺だから」


あはは、と誤魔化すように言えば、訝しげな視線を投げつけられる。
今の髪の色は銀。
けれど、三年前にルックと会ったときは、確かに黒だった。
別段嘘を吐いているわけじゃない。


「テッドって名乗った理由は?」
「だから言っただろ?タギに俺の名前を呼んで欲しいって。それと、少しは思い出してくれないかな〜、とか思ったわけよ」
「ふうん……で?あんたの本当の名前は?」
「何、ルック。誘導尋問?」


矢継ぎ早に問いかけられる質問に、のらりくらりと答えながら、いつもより饒舌なルックを見られたことに思わず笑みを浮かべる。
必要最低限しか物事を言わないルックが、これほどまでに何かを言うとは思わなかった。

ルックからしてみれば、カイが本名を偽ってこの場にいる事が気に入らないだけなのかもしれない。


「そういうわけじゃないけどね。一人くらいは本当の名前を知ってる方が良いだろ」


ふい、と照れたように視線を逸らしたルックに、実はシーナも自分のことを知っているとは言う気にはなれなかった。
たとえ言ったところで、今のシーナは憶えていないのだろうけれど。


だが、ルックの言うことも一理ある。


テッドと名乗っている今、自分のことをカイと呼んでくれる人物は――当然のことだが――誰一人としていない。
別にそれが苦だというわけではないが、テッドと名乗る自分を演じていなければならないようにも思う。
誰か一人、自分をカイと呼んでくれる人がいれば、いつでも自分はカイに戻れるのかもしれない。
くじけそうなとき、その名を呼んでもらえれば、何をしなければいけないのかを思い出せる気がする。

返してもらえる大切な物が何かわかれば、それを目標にすることが出来る。
けれど、それが何かわからなければ、目標にすることも出来ないのだ。


「そうだな……タギがいる前では俺の名前は呼ぶなよ?」
「当たり前だろ。誰がそんなヘマするのさ」


念を押すように言えば、さらりといつもの毒舌が返ってくる。
やっぱりルックだ、と声を上げて笑えば彼は訝しげに眉を顰めた。
ひとしきり笑った後、カイはルックを正面から見つめる。
今までの軽い調子ではなく、先程レストランで見せたような表情を。

けれど、出てきた口調はそれまでの物。
ここにいるカイは、何かの身分を持っているわけじゃない。
どこにでもいる一般人の一人だ。


「俺の名前はカイ。カイ・マクドールが俺の本名だ。さっきも言ったけど、この名前を呼ぶのは俺とルック、二人でいるときのみ。タギの前では絶対に言わないこと」
「だから、わかったって言っただろ?」


やれやれ、と溜め息を吐きながら再び了承の意を言えば、カイはニッ、と口端を浮かた。





「一生のお願い、だからな?」





タギに言った言葉と、そっくり同じことを言えば「アンタの一生はいくつあるのさ」と辛らつな言葉が返ってくる。
まさかそう返されるとは思ってもいなかったカイは、一瞬言葉を無くした。
確かに、人の一生は一つしかない。
例えそれが真の紋章を持つ者だとしても。
それを思えば、テッドは随分と多くの一生があったのだろうと失笑を堪えきれない。



そのままルックの部屋に居座り続ければ、色んな話をルックから聞くことが出来た。
その際、なぜかお菓子の話になり、いずれお互いに振る舞うということになり、カイは頭を抱える羽目になった。










2006/06/12
2009/03/17 加筆修正



 
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